×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


ill wisher


あの後、名前は取り乱しも泣き喚きもせず、ぷつんと糸が切れたように気絶した。容量オーバー、という文字が英智の頭の中でぴかりと光った。きっと、泉を慕っていることにさえ気づかない少女には、重すぎる熱量だったし、受け入れられない行為だった。

そしてあの日から一週間以上経過して、英智は彼女を観察していたが。

「……まったく変わり映えしないなぁ」

変わらない。
英智が話しかけても、あの日以前の――告白を受け入れられないで戸惑っている様子の、あの微妙な態度だった。怯えるだとか、恥ずかしがるとか、そういったことがなかった。

「英智」
「……ああ、なんだい? 名前」
「さっきから手が止まってるって、敬人が怒ってるよ」

にこり。微笑みも軽やか。

薬を盛られたはずの部屋で、平気で英智の仕事を手伝っている。敬人が「英智、いつまで上の空で居る気だ」とあきれ顔で言って、「お疲れ気味なのでしょう」と弓弦が気を遣ったように言う。「じゃあボクと休憩しようよ〜!」と桃李は愉しそうに言うが、「姫宮は仕事が溜まってるだろ。ほら、この書類の山!」と真緒が一喝。「今日のおやつにはクッキーを持ってきたから、桃李くん頑張って」と名前が優しくフォローを入れる。

――気味が悪いほどの日常。
ひょっとして一週間前の行為は、英智の夢だったのか――なんて思いたくなるくらいに。

「それより先輩、今日の放課後はレッスン室変わるんすよね。ちゃんとスバルから連絡来ました?」
「え? 来てないなぁ」
「やっぱり。あいつに連絡事項を教えてもダメか〜っ」
「ふふ、でも真緒くんが絶対教えてくれるから平気だね」
「いや、まぁそうなんすけど……甘やかしちゃダメだって、最近反省してるんすよ」

真緒がため息とともにそう言った。
そういえば、最近は妙にこの二人が一緒に居ることに気づく。話を聞いて居ると、放課後のレッスンは『Trickstar』と名前でやるらしいが、もう一人のプロデューサーはどうしたというのだろう。

「あんずちゃんの調子はどうか、聞いてる?」
「ああ、アイツは頑張ってるって言ってましたよ。やっぱ強豪の『Knights』とのレッスンは、厳しいけど勉強になる〜って」
「良かった」

名前は嬉しそうな声で言った。
それが妙に引っ掛かりを覚えて、英智はその会話に口をはさむ。

「ねぇ、『Knights』の面倒を見るのはやめたのかい?」

一瞬。
その表情が強張って、英智のことを恐ろしそうに見た。

それは本当に一瞬で、真緒にも、他の人たちにも理解できなかっただろう。だが。

(――ああ、やった!)

英智には、一生忘れられないような、鮮烈な表情だった。

――泉に合わせる顔がない。

そんな無音の声が、はっきりと伝わってきた。いまここに、彼女の恋心の一切を焼き払ったことが証明された。ああなんて嬉しいのだろう、好きな人の不幸がこれほどうれしいものだとは、どんな本にも載っていなかった。

有頂天で踊りだしたいほどの気分だったが、感情をおくびにも出さないのは零や名前だけの特技ではない。

あくまで平静に、与太話を装って。どうせ彼女が、あの日の出来事を口に出すことなどありはしないのだが。

「いや、俺らと転校生が面倒を見てもらってるだけっていうか。ですよね、名前先輩」
「……、まぁ、そうなるのかな」
「ああ、そうだったんだね。君たち『Trickstar』は【SS】まで間がないんだ、いろんなユニットから学んでいきなさい」
「はい!」

今日もまた、楽しい放課後になりそうだ。