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Knights the Phantom Thief

Step.32 パブにて密会

「おいおいお嬢さん、何時も侍らせてた美男子はどうしたよ」
「……心配しなくても大丈夫だよ。凛月と司くんはセラピストの様子を見に行ったし、鳴ちゃんと泉は真くんを家まで送っていくって。レオは今町の宿に泊まってる零さんへ報告に行った。だから、この場に居るのは、見た通り私だけ。だから、こっちに来て一緒に飲みましょ」

佐賀美さん。
鈴のなるような声が、夜のパブに響いた。客はいない。そも、営業時間ですらない。

「――やれやれ、お代はそちらさんが持ってくれよなぁ。アンタの開けたそれ、一番高い奴だ」
「小切手でいい?」
「世間知らずかよ。こんな店で使えるか、んなもん。ったく……これで遊木と漣の話を突き止めたっつーんだから、世の中分かんねぇ」

無造作な髪をガシガシとかきながら、佐賀美は彼女の――名前の正面に座った。大きな赤いソファにちょこんと座る彼女は、どう見ても酒を飲んでいい年齢ではないが、それこそ『人は見た目によらない』ということなのだろう。

「遊木くんのお父さんを殺したのは、漣博士。彼は殺害当日、『モンスター』の薬を含む霧を森に蔓延させ、日々の日課通りにやってきた遊木親子はその薬を吸った。

大きな目、黒い体。四足歩行の獣。

大きな目というのは、たぶん漣博士がガスマスクを着けていたからそう見えたんだと思う。黒い体は、単純に夜の森は暗いのと、黒い服を着ることで、子供の遊木くんに『モンスター』の伝承とソックリの姿を想像させるため。四つ足で歩いたのではなく、もみ合いになった時、もしくは殺害したときに、遊木くんのお父さんを押さえつけたから。以上、これが私の推理、というか憶測なんだけど、正解してるかな」
「お嬢さんさぁ、この町に住んでた? なんて聞いてみたくなるくらいに正解だ。一片の間違いもない。事実も、漣の悪意ある演出も含めてな」

佐賀美はため息をつきながらそう言った。

「――俺は昔から、漣に嫌われてたよ。お互い職場でも似たような技能を持ってるからな、どうしても何かのプロジェクトをする度、席取り合戦だ。あいつは真面目だから、俺に勝ちたがってた。俺ぁ、見た目の通り適当な人間で、でも時々アイツの席を奪っちまってな。そりゃ嫌がられるのも道理だよなぁ」
「『モンスター』のプロジェクトでは、貴方じゃなくて漣さんが選ばれた?」
「そうだよ。あいつは喜んでたし、仕事がうまくいってることを遊木に語ってた。漣と遊木は、親友だった――。決してお互い仕事の込み入った話はしなかったが、それでも仲が良かった。きっと漣は、普段なら細心の注意を払って遊木と話してたんだ。うっかり研究の中身を知られれば、殺さなきゃいけないから」
「普段なら……ってことは」

名前の呟きに、佐賀美はうなずいた。

「――あの日、アイツは語ってしまったのか。あるいは、遊木が偶然データを目にしたのか。不幸なことに、遊木は『モンスター』の話を知ってしまった。漏らしたのは漣の責任、殺すのも漣の仕事ですってな。あの軍事研究施設じゃ、当然のことだった。酷いやつは、自分の娘まで殺したくらいだ」

後はもう、お嬢さんの語った通りの顛末で。ああ付け加えると、根が善人だった漣は、親友を自分の手違いで殺したことが耐えきれず、森の沼地に飛び込んで死んだよ――。そう言うと、佐賀美は酒を一口煽った。それ以上の感情的な言葉は、飲み干してなかったことにするように。

その様子を見ながらも、名前の心中には別の質問が渦巻いてしょうがなかった。しかしこればかりはデータもなければ推理もできない。事実かどうか、佐賀美に確認するしかないのだ。

「ねぇ佐賀美さん」
「なんだぁ?」
「漣さんって、息子さんは居た?」
「居たよ。でも、さっき言っただろ? 娘すら殺さなきゃいけない職場なんだ……居ても可哀そうなことになる」
「――もしかして、売り飛ばした」
「死人にムチ打ってやんなよ、さすがに酷だ」

少し嫌な顔をした佐賀美だったが、もう畳みかけるのはここしかない。名前は、その固有名詞を口にした。

「ジュン」
「は」
「漣ジュン」
「――お前、ほんとに人間かよ?」
「よく言われる」
「だろうな。何で知ってる」
「今回は、本当にただの偶然だよ。私の知り合いにね、漣ジュンって人がいて、父に売り飛ばされたって聞いてるの。漣って結構珍しい名字だし、もしかしたらと思ってね。合っててよかった」
「はは。科学者がこう言うのもどうかと思うけどよぉ、まさに因果だなぁ……」

感嘆したように、佐賀美がぽつりとつぶやいた。

「ありがとう、佐賀美さん。これで聞きたいことは全部だよ」
「あの猟犬とか、薬の圧力パッドとか、聞かなくていいのかよ」
「別に良いよ。あれは貴方が仕向けたものでも仕掛けたものでもない。あの森は、まさしく実験室に過ぎなかった。責任は佐賀美さんに問うんじゃなく、軍事研究施設のお偉いさんに問うべきだから」
「――ありがとよ、お嬢ちゃん。あんた、俺を庇ってくれるつもりなんだな」

佐賀美の言葉に、名前はにっこりと笑った。

「じゃあ、これお願いしていい?」
「ん? なんだこれ……手紙?」
「そう。大事な人に、お手紙書いたの。でも送り方分かんないから、代わりに送ってほしいな」
「郵便物の出し方もわかんねえのか……ほんとにすげえな、ある意味」
「わっ」

大きな掌が、わしわしと名前の頭を撫でた。なんだか先生みたいだ、なんて名前は遠い昔の記憶を探った。

「俺は悪い科学者なのかもしれねえが、お嬢ちゃんとの約束を反故にするほど嫌な奴でもないんでな。ちゃんと出しとくぜ」

そう言うと、佐賀美はパブから出て行った。

――手紙のあて先は、もちろん『彼ら』だ。
名前の初めの友達、のようなものだった、彼らの名前を二つほど。