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明かす秘密


「鬼龍、これでいいのか?」
「ああ。んで、日渡はこっちの布を裁断しててくれ。俺が型を書いたから」
「はいよ」

彼は丁寧に両手で布地をこちらに引き渡し、また作業に戻る。

鬼龍紅郎――夢ノ咲アイドル科に入学してきた、元ヤンならぬ元番長。そう聞いていた為、性別は未だ明かさずにいるのだけれど。

……なんというか、良い人すぎる。

「しかし悪いな、敬人が急に頼んできたんだろ? 泣く子も黙る元番長サマに、衣装作ってろとかさ……」
「いや、むしろ俺の方が助かってんだ」
「え?」

鬼龍くんが、作業の手を止めて私の方を見上げてくる。その顔には、苦笑が浮かんでいた。

「ほら、俺はこの面で『あの』経歴だろ? おまけに、まともに勉強もできねえし。アイドル科に入ったはいいけどよぉ、正直ずっと詰んでたんだよ」
「……いまのアイドル科じゃ、何も成せないの?」
「あ? おまえも身に染みて分かってんだろ。今のアイドル科は底辺が九割でさ……一割にも満たねえような奴らだけが、地に落ちた夢ノ咲の評判を全部支えてるって感じじゃねーかよ」
「俺らも九割ってか?」
「お前も俺も九割だろ。あんな地下ライブに首突っ込んでる時点で、ドロップアウトも同然と思われてるだろうな」

まあいつものことだけどな、って鬼龍くんは何でもないように鼻で笑った。

「だがまあ、今回はあの『朔間零』も一枚噛んでるんだろ? どう転がるか知らねえけど、何かの分岐点にはなるんじゃねえかって……はは、柄にもなく期待してんだ」
「……そっか。鬼龍は、変わりたいんだな」

敬人と同じく。
彼はどうやら、変わりたいんじゃなくて『変えたい』ようだけれど。

ドロップアウトだとか底辺とか、彼が自分をそう規定してるだけだ。
仮に彼のいる場所がほんとに底辺だとしても、這い上がろうと空を睨むその意思は――きっとすごく価値がある。美しい夢、尊い目標なのだと思う。

いや……そもそも、敬人の友達に悪い奴なんかいないか。

「ふふ、そっかそっか。きっと鬼龍くんは良い人なんだね」
「――は?」

いつもの、零さんや敬人に語り掛けるときの声に戻す。すると、また布地に向かい始めていた鬼龍くんは、ぽかんとした顔でこちらを見上げてきた。鳩が豆鉄砲を食ったよう、ってこのことだろうか。

「敬人の友達だもんね、当然か」
「え、いや……はぁ? な、日渡……」
「衣装づくりで、生徒会の役に立つ……そうすれば少しは今よりマシな場所に立てるかも、ってことだよね」

うんうん、と頷いて鬼龍くんの座ってた机の真正面に腰掛ける。怖いと思われがちな彼だけど、こうして驚いてる顔は結構かわいい。

「ねぇ。鬼龍くんの夢への第一歩に、私も協力させてね」
「私!? ちょ、ちょっと待て、待ってくれ」

がた、と鬼龍くんが椅子から立ち上がった。あまりの驚きぶりに、思わず私の方が笑ってしまう。

「お前――、下の名前はなんだ?」
「ぶはっ……あはははは!」
「わ、笑うんじゃねえよ! 俺は真面目に聞いて……」
「千夜」
「あ!?」
「千夜だよっ、紅郎くん?」
「…………女か」
「ご名答」

にっこり笑うと、鬼龍くんは脱力したようにふらふらと再び椅子に着席。その様子も面白くて、ちょっと笑いそうになった。

「蓮巳のやつ、なんで教えてくれねーんだよ……」
「千夜の裁量に任せる、っていつも言ってるから……敬人はたぶん誰にも言わないと思うよ?」
「あー、あの眼鏡らしいな……クソ、びっくりしたじゃねえか……」
「私、男っぽかった?」
「女みてえなやつ、此処にはいっぱい居るじゃねえか。だからお前もそういう系統のアイドルかと……はは、騙されたな」

そうは言いつつも、鬼龍くんは楽しそうに笑った。

「つーことはよぉ。俺みたいな不良でも、お前さんの裁量でネタバレして貰えるってことか?」
「違うよ?」
「あ? いやでも、私って言ったじゃねえか」
「不良でもネタバレするってのは誤解ってこと」
「……どういうことだ?」
「ふふ」

私は鬼龍くんだから、明かしても大丈夫って思ったんだ。

そう伝えると、また鬼龍くんがぽかんとした顔をした。それから照れくさそうに「そうかよ」とボソッと返答して、そっけなく作業を再開する。

冷たい対応に見えるけれど、彼のピアスのついた耳の色を見れば、そんなことはないって丸わかりだ。

きっと彼となら、すぐに零さんたちの衣装も作れる。そんな確信が、ひそかに私の胸の内に生まれていた。