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rise of the curtain


「ジュン、少し良いですか?」
「ん? あー、どうぞ。資料、わざわざ悪ぃっすね」
「いえいえ、この程度どうということはありませんとも!」

相変わらず仰々しい男だ。辟易しながら、差し出された資料を二部受け取る。……何やら視線を感じて、嫌な予感がしつつ視線を前に向けると、青い瞳がすっと細められた。

「そういえば、デートはつつがなく遂行できたんですかね?」
「はぁ? ……あー、あの時の話っすかぁ? 茨がウザ絡みをやめて消えてくれたおかげで、何とかうまくいったっすよぉ?」
「はっはっは、それは喜ばしい! ジュンのデートの相手ともあれば、さぞやお美しいのでしょうね! 絶世の美女かはたまた傾国の美女か! 羨ましい限りです!」
「恋だの愛だのから最も離れたあんたに言われても、嫌味にしか聞こえねえってもんですよ」

まぁ、デートではないからどうでもいいのだが。とジュンは内心で付け加え、茨から手渡された資料に目を滑らせた。サマーライブの時のような、陰湿な策がないことを祈りつつ。



「日渡、千夜さん……」

舌でその名前を転がしてみる。
掘削作業を続ける凪砂の発する武骨な音にまぎれ、その小奇麗な音はすぐに掻き消える。

『Adam』のレッスン室のソファに座って、茨は一人、そう呟く。

「千夜さん……」

茨はおもむろに胸ポケットからスマホを取り出した。画面を弄りながら、特定のページへと入っていく。お目当てのページを開くと、まず出てきたのは……少女の写真だった。

「……一つの集団の中で三番目、でしょうかね」

絶世の、とまではいかないが。ジュンのように一見怖そうな見た目をした男にはあまり縁のなさそうな女子生徒。正面に座っているジュンに何か語り掛けているようで、その表情は優しい。

――優しさなど、茨の戦略には必要はない。ゆえに、その情報は頭から追い出す。
必要なのは彼女の経緯と、能力だ。

「押しも押されぬ支配者への道を歩んでいた、在りし日の日和殿下を……謀略で打ち負かした。『わざと』『Knights』のメンバーに引き分けを続けさせ、雑兵を疲弊させ、遅参した大将首である日和殿下と並べて撫で斬りにした……。憎まれて落ち目であろうが、この場合に観客の視線は『Knights』には向かない」

頭の中で、戦況を並べ立てる。
ライブの様子、観客の視線、反応、状況、時世。すべてを混ぜて組み立て、蓄積させる。それこそが戦略を練る上でのすべてだ。

想像しろ。

日和の輝かしいまでのパフォーマンスと。それを台無しにして足を引っ張る、凡人の疲弊した表情、ダンス、歌声。落ち目でありながらも、実力だけはあった騎士団の面々の、精密なパフォーマンス。

『fine』や五奇人たる演者と、門外漢まで成り下げられた民衆の羨望と不満。

「支配者たる彼は素晴らしい。だが……素晴らしいのは日和殿下だけ。凡人が悲鳴を上げて踊る姿を見て、凡人は何を思うか……。……っふふ、あははは。なるほど、外野の劣等感と疎外感を煽りますか! 『うまいのは巴だけじゃないか』『調子に乗りすぎだ』――『これに票を入れるほど、俺たちは無能じゃない!』 ああ、素晴らしい! 彼女は他人の嫉妬心を掴んでいる!」

何度想像しても、素晴らしく心が震える。

昨日彼女の情報を何度見て、茨は何度感嘆しただろう。知れば知るほど、その戦略の美しさに心が惹かれる。もっともっと見せてくれと、貪欲な自分が顔を出す。

見たい。見たい見たい。絶対に見たい!
もっと見たい、もっと近くで、もっとも新しいものを!

その薄汚くも美しい、惨くもあり慈悲すらある、その戦略を!

「その穏やかな少女の皮の下に、いったいどんな冷徹なものを隠しているのですか? ああ、気になって眠れない!」

茨は一種酔ったような声色で笑っている。スマホの中では、少女は相変わらず微笑んだままだ。

「……茨、なんで千夜の写真を見ているの?」
「――これは! 閣下、もうご趣味はよろしいのですか!」
「うん。それより……千夜と茨は、友達?」
「いえまさか! 赤の他人ですよ、あっはっは☆」

これからつながる縁は作るが。それをどう実現するかは、まだ構想段階でしかないので、凪砂には言わないが。そう思いながら茨は彼を見やると、凪砂はすごく心配そうな顔で茨を見ていた。

「……ストーカーは良くないと思う」
「ええ!? いくらド底辺野郎の自分だとしても、さすがに不名誉にすぎます、これは何時もの諜報でしかありませんよ、閣下!」

茨は少し驚いたように声をあげた。まぁ、少女の画像を見てぶつぶつ言っている辺り、あまり宜しくない絵面だったのは認めるが。

凪砂はまだ心配そうな顔をやめず、言葉を続ける。

「千夜を虐めないでほしい。彼女は私に考古学をくれた、友達……だから。私の大嫌いな私を愛して、いつくしんでくれる人のはずだから」
「考古学をくれた? 仰る意味が分かりかねますが……」

どうやら凪砂も、夢ノ咲時代に千夜と何らかのかかわりがあったらしい。今の茨には見通せないが、調べたらきっと分かるだろう。

それより重要なのは――凪砂が千夜を知っていることだ。

(閣下と千夜さんの関係、大いに利用できそうだ)

【サマーライブ】も終わったのだ。ならば、きっと『Trickstar』は『Eve』の相方である『Adam』との対戦も望んでくるだろう。

ならば――

「さしずめ、お題は【オータムライブ】ですかね?」
「……?」
「ああ閣下、どうでしょう! 千夜さんとお仕事をしたくはありませんか? 日和殿下は、この前の【サマーライブ】で一緒にお仕事をしたのですよ!」
「日和くんが? うん、それなら私も……」

また一つ、布石を。
遠くない未来の為、この最終兵器を動かす為、茨の餓えた望みを満たすため。

夏はまだ、始まったばかりだ。

【rise of the curtain<終>】