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promise


「いらっしゃいませ。チケットは何枚ご購入ですか?」
「二枚で。あっ、それとこれ……」

女性が財布から小さな紙きれを二枚取り出した。その紙に刻まれているのは、『Eden』がテーマソングを歌っているアーケードゲームの機種名と、割引券の文字。

「はい、『Eden』のコラボゲームの割引券ですね。ありがとうございます」

にこりと受付嬢は微笑んで、金額を彼女たちに提示する。その様子をちらりと確認しながら、私は『Eden』の彼らの元へ向かった。

「二人とも、準備オッケー?」
「もちろんだね!」
「うっす。衣装も合わせなくて大丈夫っすよ」
「さすが『Eden』の専属衣装さん。二人の採寸はばっちりだね」

二人の纏う白を基調とした爽やかな衣装を見ながら、素直にそう思った。やはり餅は餅屋だ。

「そっちこそ、色々と根回しできたみたいだね? あの毒蛇に戦略を変えたこと、散々ネチネチ言われるかと思ったんだけど……」
「毒蛇? ってのはよく分からないけど……ジュンくんに、私の代わりに説明して貰ったから多分大丈夫だよ。マネージャーさんか何か?」

文句を言うということは、サマーライブの計画を立てていた人なのだろう。申し訳ないことをしたかな? と改めてジュンくんの方を見たけれど、すぐさま手を横に振った。
「あんなマネージャー居たらたまりませんって。俺らの仲間……『Adam』のメンバーっすよ。ま、そいつが今回の【サマーライブ】のプランニングをしてたんすけど、そいつは結構、性格に難ありでねぇ……?」
「あと戦略オタクだね」
「っすね」

二人が声をそろえて言うのだから、よっぽど野心家、および強気な人なのだろうか……? 『Adam』といえば、野性的な? 男性的な? みたいな感じの路線を売りにしているらしいし。

というか、そんな人の発案を変えちゃって大丈夫だったのか。今さらながら怖いんですがそれは。

と私が若干ブルっているのに気付いたのか、ジュンくんが苦笑した。

「あ、別に暴力的な奴でもねーし、外面だけはいいんで平気っすよ。それに何より、千夜さんの発案をいたく気に入ってましたしねぇ……? それもそれで怖えーけど」
「ええっ、ジュンくんそれってほんと!? それは珍しいね、あの子が他人の意見を取り入れるなんて!」
「そっすね。電話口でハイテンションだったんすよ、もうすげーうるせーの」

やれやれ、と言った様子のジュンくん。日和はよっぽどツボに入ったらしく、さっきから可笑しそうに腹を抱えて笑っている。

「あはははっ、千夜ちゃん、君ってほんとに運がないね! 笑っちゃうくらい、面倒なのに好かれちゃうんだね。昔から変わりないようで、何だかいっそ懐かしいね!」
「ええ!? なんで!? というか、そんな大喜びされるほど大した作戦じゃないよね、これ……」

最初に日和が持ってきた、『Eve』がセンターで、『Trickstar』がバックダンサー扱い、というフォーメーションはすぐに北斗君に却下された。

当たり前だろう……とその時の私は思っていたのだけれど、どうもそれは違ったらしい。

「普段なら、ぼくが要求すればだいたい通っちゃうからね。毒蛇もその予定だったんだろうけれど、北斗くんはなかなか気骨のある子だったからね。その時点であの子の考えは崩れちゃったね」
「でも、私が考えたのはただのフォーメーションの代案だよ?」

もっとこう、えげつない戦略的なものを期待されてたのかと思ってた。一年前みたいな……。

「いや、ぼくはもうああいうのはごめんだね。自分が主人公になれる感覚は嬉しかったけれど、必要以上に虫けらを踏んで歩くのは気分が良くないよね?」
「――ああ、そうだね。日和は案外優しいし、弱いモノいじめとか嫌いだったよね」
「……貴族的じゃないから、ってだけだけどね? 勘違いしないでほしいね!」
「はいはい」

まったく、日和も大概素直じゃないなぁ。そういう所は、嫌いじゃないけど。

「千夜さんのいう『ただの』フォーメーション代案っすけどね。かなり効果的に『Trickstar』の力を削げるから、あいつも気に入ったみたいっすよ。曰く、」

肉を切らせて骨を切る、素晴らしいお手並みです! シンプルながら致命傷を負わせる手際に感服いたしました!

……だそう。えっと、すごい褒められているが、そんなに大した話ではないので誤解のないよう。

「ステージ上でぼくら『Eve』は、普段なら密着するようにパフォーマンスをする。二人しかいないから、離れてしまっては空疎な印象を与えてしまうからね」
「だけど、今回は『Trickstar』を含めると計六人。だから正直、空疎な印象を与えるって点は無視していいと思ったから……」
「オレら二人を最初から別行動にさせて、『Trickstar』の人たちを二つに分断する。……今回だけは、オレらが離れていようが、ステージの見栄えには全く影響しませんもんねぇ?」
「そういうこと! おまけに、『Eve』が分断されるより、『Trickstar』が分断される方が痛手だと思うんだよね」

日和が最初に『Trickstar』を解釈したが、実際その通りなのだ。

ひとりひとりは弱くても、四人が合わさって相乗効果で輝きを増す。それが『Trickstar』の魅力だ。

逆に『Eve』も、ステージ上で二人が仲良さげに演じることで、魅力を感じさせる。

両者とも芸風は似通っている。
けれど――引き裂かれたときのダメージは、圧倒的に『Trickstar』の方がデカいのだ。

相乗効果なのだから、一個のステージ上で輝きが2乗と2乗でバラバラになっていては、可哀そうだが『4乗』の時の魅力には到底届かない。

更に、弱い光は、より強い光に呑まれるのがお約束だ。
個人での技術力を考えれば、『Eve』の二人の方が『より強い光』のポジションをとれるのも自明の理。

要するに、同じダメージを受けたときに『Eve』は軽傷で済み、『Trickstar』は重傷になる。だから、『Eve』には軽傷を負って貰うことを選んだのだ。――『Trickstar』に重傷を負って貰うために。

「確かに……オレらが分断されるより、『Trickstar』が分断される方が痛手、ってのは、実際あの人たちを見てない奴にはわかんないことでしたからね。現場で状況を見てる奴の戦略が一番信用するに足る、とか何とか言ってましたよ」
「ほ、ほんと? えへ、照れるなぁ……その人にありがとって言っといて!」
「毒蛇がお礼を言われるシーンを目撃するなんて驚きだね! うんうん、長生きはするものだね!」

だから誰なんだ、毒蛇くん。
という疑問も、今は置いておこう。【サマーライブ】の本番も近い、今さらフォーメーションについてうだうだ言ったって何も始まらないし。

「さ、二人とも。そろそろ『Trickstar』の皆のところに行こうよ。こんな意地悪いことを考えてるとはいえ、【サマーライブ】に来てくれたお客さんを楽しませるって目的は、一緒なんだし」
「それもそうっすね。行きますか、おひいさん」
「そうだね! 千夜ちゃんも、ステージの袖からぼくらのことをよ〜く見ておくことだね!」
「はいはい、もちろん見てるよ」

観客席からは、きっと転校生ちゃんも――なんて言葉は飲み込んでおこう。きっと、彼女には辛い一幕になるだろうから。

「うんうん、穴が開くほど見たってかまわないね! だって、いずれ君が導くはずの――『Eden』の片割れたる、ぼくらのステージだから!」

日和が私の方を見て、まるで向日葵のようにパッと笑った。
あの日の約束を――今ここで少しだけ果たそうと、そう言いたげな微笑みだった。

「だからジュンくんも、死に物狂いで踊ることだね!」
「言われなくても、いつでも本気ですけどねぇ? それに、千夜さんをうちに引きずり込むっつーのは、おひいさんにしては珍しく良案っつーか」
「あはは、またジュンくんまでそんなこと言って」
「――いや、結構本気っすよ」

ジュンくんも好戦的な笑みを浮かべた。まるで、獲物を見つけたハイエナのようだ。油断していると、本当に引きずり込みますよぉ? なんて皮肉っぽく言ってくるあたり、彼らしい。

「じゃあ、改めて教えて! 私にとって、『Eve』がどれだけ魅力的なのか」
「その喧嘩、買いましたよぉ? 千夜さんが身一つで来たってかまわねえって思えるくらいのモン、見せてあげましょうかねぇ」
「全く、ジュンくんは発想が物騒だね! ここは約束を果たす場でしかない上に、とりあえずぼくらが圧倒するべきは『Trickstar』の皆だしね?」

さて、私が約束を果たすことになるのかどうかは――この輝かしいステージの終わりに見えるのかもしれない。

「それじゃあ響かせよう、ぼくらの『約束』のアンサンブルを!」