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「どれどれ、何が欲しいんだ?」

購買で一人、一般客向けのスイーツを吟味していたところ、傑物な友人にひどく似通った声が背後からかかり、肩が跳ねる。

振り返ると、そこには穏やかな目をして私を見下ろす一人の文学者が。

「尾崎先生! びっくりしましたよ」
「はっはっは。すまん、汝を脅かすつもりはなかったのだがな。なに、女学生が菓子の類の前にいれば、つい声をかけて分け与えたくなるのが、年寄りというものよ」

瑞々しい黄金色の髪をさらりと揺らして、大仰に笑う彼。その魂こそ成熟していようが、見た目は完全に若者だ。しかも美しい着流しを見にまとっているため、それはもうモデルさんか何かのように目立つ。

もっとも、本人はそんなことは気にも留めず、私の見ていたお菓子の棚をのぞき込んできたが。

「で、どれが欲しい?」
「ええ? 買って貰うなんて悪いですよ!」
「ふむ、この洋菓子は何と言うのだったか」

そしてマイペース。割と本気で英智を連想させてくる彼に苦笑する。

「それは……マシュマロですね。白くてちっちゃいので、袋入りで沢山入ってますよ。フニフニしてておいしいし、バーベキューでは焼いて食べたりします」
「ほう。それは面白いものよ……どれ、我が買うてやろう」

ひょいっと二袋も掴んで、尾崎先生はついでとばかりに私の手も掴んで会計へ。何事、と思っても口をはさむ勇気はなく、そのままつつがなく会計を済まされ、なぜか食堂のほうまで連れてこられた。

食堂には四人で囲むテーブルがいくつもあり、窓の外から差し込むお昼の陽ざしが暖かだ。尾崎先生は窓際の方の席に寄って、私をそこに座らせた。

「では、マシュマロとやらの試食会を始めるぞ」
「試食会って」

どうやら先生のおやつタイムに巻き込まれた形らしい。

「おお、すまんな。我としたことが、茶の一つも出さず。どれ、秋声か鏡花はおらぬかな」
「いやそういう問題ではないかと! えっと、ほら先生、お茶は後で私が注ぎますから……まずは一口」
「うむ、そうか。すまんな」

のほほんとした顔で、尾崎先生がマシュマロの袋をバリっと開けた。そのまま一つ摘んで口の中にそっと落とし込んで咀嚼する。彼の表情を見ていると、その甘さに比例して、凛とした表情がふにゃふにゃと柔らかくなる。……正直、可愛い。

「おお……これはなんという美味であろう……」
「あはは、先生のお口に合ってよかったですよ。先生、食にうるさいって徳田先生が言ってました」
「うむ。家内なるものの快楽が十とすれば、寡くとも其四は膳の上に無ければならぬ」

うんうん、と頷いて私も一つマシュマロを口に放り込む。おいしい。ああ、帝國図書館の先生たちもバーベキューすればいいんじゃないかな。マシュマロは焼いたら、とろっとしてもっと美味しくなるのに。

「先生、今度尾崎門下でバーベキューしてみたらいいんじゃないですか?」
「バーベキュー?」
「司書さんに聞いてみてください。外で肉や野菜を焼いて食べる……いうなれば、七輪焼きの大型版?」

その例えもどうかと思ったが、おおむね間違いではないだろう。そう言うと、尾崎先生は興味を持ったらしくふんふんと頷いていた。

「そこで、このマシュマロも焼くのであろう? どれ、試しに厨房の方で焼いてみぬか」
「入っていいんですか?」
「名前ならば構わぬだろう……おお、秋声に鏡花、ちょうどいいところに」

食堂の入り口の方に、徳田先生と泉先生も立っていた。マシュマロの袋を抱えている自分の師匠に、二人とも不思議そうな顔をしている。そんな弟子二人に、彼はくっくっと笑いながら二人を呼んだ。どうやら本気で、マシュマロを焼いて食べたいらしい。

「鏡花は常日頃、食物を炙っておる。火加減を間違えぬだろう……完璧な布陣というやつよ」
「尾崎先生ったら、子供みたい」
「おや。年寄りも、女学生と時を過ごせば子供に戻るか。それもまた良い」

では参ろう、と。尾崎門下と女学生を引き連れて、彼は新たな甘味へと胸躍らせていた。