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「#エロ」のBL小説を読む
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「おっ、こんなところに居たのか」
「! 志賀先生」

帝國図書館の中庭の一角で、名前がぼんやりと地べたに座って本を読んでいるのを見つけた。志賀は自転車を道脇に止めて傍へ寄る。彼女はふわふわとした髪を不思議に編み込んで(ふぃっしゅぼーん、だったか?)おさげのように二つ下げていた。愛らしき女学生らしい髪形だ。

「志賀先生は、今からお出かけですか?」
「いや、今用事が立ち消えたとこなんだよな」
「え?」
「お前を駅まで迎えに行こうとしてたんだよ」
「私を?」

きょとんとして名前が志賀を見上げた。

「毎週土曜日、午後一時十五分着の電車。そこから徒歩十五分……午後一時半にはお前が来るって、アイツら毎回構えてるからな。なのにお前、今日は二時になっても来ないから……武者の奴がしびれを切らして、『志賀! お嬢さんを駅まで迎えに行って!』って大騒ぎだよ」
「あはは、それで志賀先生はチャリを持ち出してたわけですか! ごめんなさい、今日はまだ読み切ってない本を読んでから図書館に入ろうと思ってて。ほら、今日はお天気もいいし暖かいから」

ころころと名前が笑うので、志賀は頭を掻いた。チャリを飛ばして名前を路で拾って担ぎ込もうとしていたのだが、拍子抜けだ。

「まぁいいけどな、無駄足したわけでもないし。……ところで、今日は誰の本を読んでるんだ?」

綺麗な白の衣装だというのに、志賀はまったく気にした様子もなく、名前の隣に座り込む。まぁ、一応下は芝生に覆われているので、土汚れなどはないはずだが。

そも、名前を迎えに行こうとした男がここに留まっては、まるで木乃伊取りが木乃伊になる様相だ。本人たちは気づいていないようだった。

「残念ながら、先生のじゃないよ」
「俺のは今日選別してやる」
「はいはい。えっとね、でも先生の大好きな武者さんの本です」
「お、武者の? なんだ、『友情』か?」
「いえ、小説じゃなくて書簡集を」
「書簡集? また妙なもんを引っ張り出してきたんだな……って、まさか俺と武者のやり取りを見てたのか?」
「正解!」

名前はにこりと笑った。

「武者さんは、ほんとに素敵な言葉を選んで、手紙をくださるんですね。志賀先生がうらやましいな」
「おー、武者の手紙の良さがわかるか?」
「はい。特に、好きな手紙があって」
「朗読してみてくれ」
「えぇ!?」
「女学生だろ? 朗読くらいこなせって」

にやにやと志賀がからかう様に言って、名前の頭を軽く撫でた。彼女は少し恥ずかしそうにして、嫌だと首を振る。

「やですよ恥ずかしい。……あれですよ、僕と君は何年たっても友達で、正直に意見を言いあえる仲だって話」
「――嗚呼、その手紙か」

懐かしむような、美しい声で彼が呟いた。こんなに若い見た目をしていても、彼の魂は一度、七十年もの友情を経験して成熟しているのだ。転生で記憶が不完全な部分もあると聞いたが、大事な親友とのやり取りは記憶を占めているらしい。


「実に楽しい――ってやつか。ああ、懐かしい」
「ええ。……ちょっと志賀先生と武者先生が羨ましくって、素敵だなって思いながら見てたんです」
「なるほどな。お前は友へ、自由にモノが言えなくて悩んでたのか」
「先生、相変わらず鋭すぎるよ……」
「よく言われる。でも、お前もだろう?」

さらっと志賀はそう言った。名前のように悩む過程は、彼の中でははるか昔に終了したか、あるいは初めからなかったか。その淡白さに、名前は苦笑した。

「そう言われないように、必死に隠せと……兄のような人に教わって、そのように生きてるんです」
「なんだ、才女が凡夫のフリして生きるのか。勿体ないことはするなよ」

俺は感心しないぞ、とわざとらしく言った。が、思っていること自体は本心らしい。心配げな顔で名前を覗きこんでくる。

「才女なんて、そんな大げさなものじゃないですよ。でも、……例えば何が悪いとかどこが欠点だとか、分かってても、なーんにも言わずにわかんないフリして……それで幼馴染を悲しませたことがあるんです」
「ああ、去年の話か。お前、何の本を読んでもぼろぼろ泣いてたな」
「あはは……あの時も無心に、友情をテーマにした話ばっかり読んでましたね。どうもこれは間違えたと気づいて、でもどうしようもなかった。……幼馴染の前で泣けなくって、先生たちの前で泣いてたのは恥ずかしいけど」

一年前の話だ。過去というのは痛くもあり甘くもある。志賀にも覚えのある感覚で、彼はふっと息を抜くように笑った。

「大事な奴の前で格好つけたい気持ちってのは、誰にでもある。お前はそれが幼馴染だっただけだろう? だったらいいんだよ、あれで正解だった。お前は俺らの前で醜態曝して、泣いて喚いてよかったんだ。幼馴染の前でしゃんとしてる、それがお前の矜持だろう?」
「……志賀先生、今日は妙に優しいね」

悪戯っぽく言った名前に、志賀も呼応するように冗談めかして返事をする。

「ああ? 俺はいつでも紳士だろう。なんせ司書曰く、白樺派は王子様集団らしいからな!」
「ふふ、そうだね。王子様みたいに素敵な先生たち」

この後王子様の一人が「志賀! どうして早く連れてきてくれないんだい、僕は怒るよ! 今怒るけど後で手紙でも怒る!」と言いながら庭に顔をのぞかせてきたり、もう一人のほうが「ああ、そこは絶好の居眠りスポットだね」と呟いて名前の隣に座りこむのは、また別の話。