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「衣更先輩なんか、転校生さんと一生イチャイチャしてればいいんですよ! いいから、帰ってください!」
「おい、名前! いいから、拗ねないで話聞けって」

転校生を送って帰った夜は、いつもこうなる。……と真緒は苦々しく思いながら、幼馴染兼恋人の名前をなだめていた。

真緒が転校生を送って帰る、というのは『Trickstar』の中で決まったことだという。もちろん、一年生の名前は、その当時彼らと接点なんかない。つまり、彼女にとって気にくわない制度を未然に防ぐ術はなかったのだ。

もちろん、真緒だって、名前と付き合っている以上は転校生と一緒に帰りたくはない。不誠実な気がして、あまり乗り気はしないのだ。それでも一応、真緒にも義理というものがあるわけで。

……なんて言っても、義理なんてもの無視して生きていけるだけの能力がある名前や凛月に言っても無駄、というのもよく分かっているが。

「拗ねてる? はぁぁ? 勘違いしないでくださいっ、私はお猿さんと話すほど暇じゃないって言ってるんですよ? この意味わかります、わからないですよねぇ、先輩はお猿さんだもの? 桃李お墨付きのお猿さん、うきーって泣いて悔やんでください、うきーって!」
「はぁぁぁぁ……。ったくもう、なんで昔からそう素直じゃないんだよ。凛月は俺に甘えすぎだけど、お前は俺を突き放しすぎじゃないか……? 恋人なんだろ、だったらちょっとは素直に……」
「うるさいですね、ほっといてください。恋人じゃない転校生さんといーっつもべたべたしてないと生きていけない先輩と違って、私は一人でも平気なんです! だから――早く出ていってよ!!」

最後の敬語が外れた言葉には、確かに彼女の本心が詰まっていた。……そんな気がして、真緒は思わずひるんでしまう。彼女は我儘だけれど、でも……

「……悪い。俺の我儘なのかもしれないな」

もしかすると、年上の真緒に気を遣って、付き合ってくれているだけなのだろうか。

そう思うには十分な拒絶っぷりに、思わず真緒も本音が漏れる。彼がそういう本気で後ろ向きな言葉を言うのは珍しくて、名前はきょとんと目を丸くした。

「…………はい?」
「俺、お前に無理させてるのかなって思っただけ」
「な、なんですか、急に」
「なんでもない。ごめんな、おやすみ。暖かい格好して、早く寝ろよ」
「は? ちょ、ちょっとま〜くっ……」

ばたん。と、静かに閉められる名前の部屋の扉。
お節介が居なくなった静かな部屋。名前はやけっぱちになったように、ぼふんとベッドの上に身を投げた。

「…………嫌だなあ……」

思わずぽつりとつぶやいた。
嫌なのは、真緒じゃなくて、転校生でもなくて、……自分だ。

「はぁ。だってしょうがないじゃない。転校生の先輩みたいに、勝利の女神〜みたいに言われてちやほやさせるキャラじゃないんだもの。ま〜くんみたいに、主人公宜しくまっすぐ生きてけるキャラでもないし。……衣更先輩ならずっと前から知ってると思いますけど、私、こんなに嫌な奴なんですよ……?」

この場にいない真緒に弁明したってもう遅い。今頃、名前と付き合ったことを後悔しているに違いない。……なんて思い始めたら、もう何もやる気が起きなくなりそうだ。

「……明日、学校サボっちゃおうかなぁ」

どうせ真緒は、また心配して名前の家を覗きに来るのだろうが。結局真緒にとっての名前は、恋人というよりは妹で……

「んん? りっちゃんですか?」

突然スマホが震えたので、画面を確認する。電話をかけてきたのは凛月だった。嫌だなぁと思いながら電話に出る。

『お、名前? おいーっす』
「……なんですかぁ、朔間先輩?」
『あのさぁ、それ兄者と被って訳わかんないから、りっちゃんでいいって言ってるでしょ』
「いやです〜。朔間先輩こそ、いい歳して衣更先輩に甘えて、恥ずかしくないんですかぁ?」
『はいはい、そっちこそいい歳してまだま〜くんに素直になれないの? さっきあんたの駄々こねる声が聞こえたから、電話したんだけど』
「う……」

凛月はなんだかんだいって、名前や真緒よりも年上だ。喧嘩したらすぐにばれてしまうのが、一番年下の名前としては居心地が悪いと感じてしまう。

『名前は昔から器用なくせに、大好きなま〜くんや俺には不器用だからねぇ?』
「ま〜くんはともかく、自分のことも大好きっていっちゃう辺りが恥ずかしいですよぉ、りっちゃん?」
『ふふん、恥ずかしくないよ。お兄ちゃんにはよくわかるんだから。あんたが人一倍ま〜くんが大好きで、他人に意地悪いこと言ってるふりしても本当は他人に甘くて、人一倍自分に厳しいってこと。名前さ、まだ自分はま〜くんに釣り合わないとか思って、わざと転校生とくっつくように意地悪言ってるでしょ』
「……なんで、私が転校生さんなんかを気遣ってあげてるとか、お花畑なこと思っちゃってるんですぅ? 別に、あの人が衣更先輩を好きだから「私邪魔してるんじゃないかな」とか思っちゃったりしてませんよぉ?」
『思ってるんじゃん』

凛月はくすくすと画面の向こうで笑っている。

『あのねぇ、あんたま〜くんを甘く見すぎだよ。あんたが遠慮しようが何しようが、そう簡単にま〜くんは訳もなくあんたと別れないから。明日さっさと怒ったこと謝って、素直にま〜くんへ好きって言ってきな』
「うう……」
『名前』
「わ、わかりましたよぉ……りっちゃん」

しぶしぶ名前がそう言うと、凛月は『よろしい♪』とたいそう満足そうに言った。



今日は雪が降って寒い。昨日、名前と言い合いになったことが引っ掛かって、どうも気が重かったが、自分に鞭打って玄関を出た。

「ってあれ、名前!?」
「あ、衣更先輩。おはようございま〜す」
「あ、ああ、おはよう……って待て、お前いつからそこに立ってたんだよ!? 耳真っ赤だぞ!?」
「べ、別に良いじゃないですか! 私がただ、ま〜くんのこと待ってただけというか……ぶつぶつ……」

名前は頬を赤く染めて、拗ねたように何か文句を言っている。オシャレにも気を遣う彼女は、ろくに防寒具も着けたがらないので、冬の寒空の下待たせていたことに罪悪感を覚えるとともに、ちょっと可愛い、と真緒は思ってしまう。

「あはは。ありがとな、名前」
「わ、ちょ、ちょっとぉ! そのダサいマフラーを私に巻き付けないでください!」
「ダサくでもマフラー巻いてた方があったかいだろ〜♪ 耳真っ赤にしてるやつはオシャレより防寒を優先しろよな」
「ふ、ふーんだ。まぁ、仕方ないですから巻かれてあげますけど」
「はいはいっと……ほら、出来た」

真緒はノリノリで名前のお世話を焼いてくる。普段なら余計なお世話だと突っぱねる名前は、今日は素直に真緒のしたいようにさせてくれた。

「……衣更先輩?」
「ん、なんだ?」
「昨日はその、ごめんなさい……。私、この一年間ずっと、ま〜くんに私は釣り合わないと思ってて……。ま〜くんは転校生さんと仲良しだから、転校生さんと付き合いたいのかなって思って……」
「……マジか。お前、そんなことを……」

真緒は驚いた顔で名前を見ていた。普段は自信満々のふりをしているぶん、余計に驚かせてしまったのだろう。

「もしこれが、私の勘違いなら。これからも、私のこと……」
「っあ〜〜待て待て! 悪い、ほんと俺が悪かった! ごめんな名前、まさか俺、そこまでお前が俺の事好きでいてくれてたなんて……。むしろお前の方こそ、無理して俺と付き合ってるのかと」
「は、はぁぁぁ? 何を素敵なこと言っちゃってくれてるんですかぁ、このラノベ主人公系、スイーツ先輩は?」
「い、いたいいたいっ、前髪を掴むなぁ!」
「ふーんだっ! 先輩なんか、もっと自信もって、幼馴染系彼女を可愛がっちゃえばいいんですよ!」

前髪を掴んだのをいいことに、ぐいっと名前が真緒と顔を近づける。その笑顔がどこか晴れやかなのを見て、真緒はふっと柔らかく笑った。

「……そーだな!」
「きゃっ、先輩!? 往来で抱きしめるなんて恥知らずですよっ」
「は〜。分かってないな、名前は! 恥知らずと思われてもいいくらい好きってことだって」
「!」
「はは、顔真っ赤」
「っ〜! また私をバカにして〜っ!」

真緒が貸してくれたマフラーの中に顔を埋めて、名前が赤くなった頬を隠す。まだ朝は十分に寒いが、二人がくっ付く言い訳にするには丁度いい温度だった。