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- ナノ -
「英智」
「……ああ、名前かい? ふふ、今日はずいぶんしおらしいね」
「いや……看護師さんが、今日は体調が悪かったみたいだから、あんまり長居するなって……」
「余計なことを言ってくれたものだね……」

心底嫌そうな顔をして英智がため息をつく。けれどそれは一瞬で、すぐに私の方へと笑みを浮かべて「おいで」と優しい声で誘ってくれる。

彼の言葉に素直に従わないと、「僕より看護師さんの方を信じるって言うの?」って斜め上の方向に拗ねられるのは知っている。なので、皇帝陛下のお望みのままに、傍へ寄らせて頂こう。

「英智、今日の授業プリントだって。泉に貰ってきたの」
「ああ、ありがとう。敬人は今日忙しくて来れないって言ってたから、貰えないかと思ってたよ」
「泉は真面目だからね〜。敬人がお願いしたら、ちゃんと確保してくれてたよ」
「ふふ……確かに彼は真面目そのものだ。今度お礼を言わなくちゃいけないね。菓子折りでも渡そうかな。シュークリームとかケーキとか」
「殴られると思う」
「はは、そうかもしれないね」

英智はやけに軽快にしゃべっている。不審に思って、プリントを渡すふりをして英智の手を掴むと、彼はびっくりした顔をした。……その手のひらは、少し熱かった。

「……ちょっと熱があるじゃん」
「……ばれちゃったね」
「看護師さんの方を信じたほうがよかったの?」
「ううん、僕を信じていいんだよ。じゃないと、君が帰ってしまうじゃないか……」

切なく微笑む彼は、やっぱりどこか無理をしていたらしい。さっきまでの軽妙なトークも、精一杯の強がりだったのだろう。

「……まったく、お見舞いに来た人の為に体調崩してどうするの」
「どうせ君が帰ったら、体調が崩れちゃうよ」
「寂しがりだなぁ」
「そうだよ。僕は『Ra*bits』の兎さんたちより、ずっとずっと孤独に弱い生き物……ということにしておいてくれると、嬉しいのだけど」

ベッドに浅く腰掛ける。彼と同じ視線になってはじめて気づく、この部屋のだたっぴろさと寒々しさ。確かにこれは……寂しいものだった。

でも、いつもは堂々としている彼がここまで素直に感情をあらわにしてくれるのは、嬉しくもあった。

「……ふふ、実は結構、午前中は体調が悪くてね。夢見も悪かったよ」
「そうなんだ……怖い夢でも見たの?」
「怖くはないよ。昔の夢」
「……昔の?」
「そう。君と出会うより前、小学生のころかな」

英智はそう笑って、私の手に自身の手を重ねた。そうして美しい青色に、なんとも間抜け面な私の姿を映してこう言った。

「子供って残酷だよね」
「……いじめられた?」
「ふふ。『天祥院にさわったら、病気がうつるぞ』だってさ。僕のこの呪わしい体は天祥院の人間特有のものであって、彼らに移るはずも、な……」

英智の言葉は、私の咥内に消えた。そしてそのまま目を閉じる。
代わりになんだか、彼の吐き出そうとした悲しい言葉に当てられたように、私の胸に突き上げてくるものがあって。冷たいしずくが頬を流れた。

唇を離すと、さっきまで無理して笑っていた英智は、今は驚いた顔を……自然な表情をしていた。

「……名前、泣いてるの?」
「……泣いてないもん」
「いま絶対泣いてたよ」
「泣いてないっ」
「むきにならないでよ。……ふふ、でもそうか。あの彼らの台詞は、今こうして初めて僕の人生で役に立ったわけか。たまには意地悪も言われてみるものだね」

英智は優しく、私の頬に触れてくれた。私はその手のひらを両手で触って、頬ずりをする。その手のひらは大きくて、やっぱり私より少し冷たい。死の温度に近い体温を感じると、やっぱり悲しくなってくる。

「ねぇ英智」
「なんだい」
「もっと触って」
「どこを?」
「どこでもいい。手のひらでも頬でも首でさえも、どこでも触っていいよ。私にたくさん、触ってね」
「……熱烈なお誘いだね、と言いたいところだけど。うん、君がそういう意味で言ってるんじゃないのは分かるよ」

頬に、やわらかいものが触れた。耳の辺りを、優しく撫でられる。髪の間を、英智の指が通っていく。その触れ方は、まるっきり子供のようで。

「……移ればいいって顔してた」
「うん。私に移ってくれたらいいのに」
「ふふ。君の身体が天祥院の人間のようになるのはまっぴらごめんだよ。書類の上で、天祥院になってくれるなら、大歓迎だけど?」

悪戯っぽい英智の表情。傍に置いてあった洗い立てのシーツを手に掴み、ヴェールのようにして私に被せてきたので、その布に隠れるように、もう一回だけキスすることにした。