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胡散臭い看板に反して、意外と品ぞろえのいいお気に入りの古本屋。そこで今日は志賀直哉や武者小路実篤などのいわゆる『白樺派』と言われる先生たちの本を買った。古い紙の匂いは、不思議と落ち着いた気分にさせられる。

まいどあり、という店長の気のない声を背に店を出る。その瞬間、厳しい冬の冷気が肌を刺した。

「ふぁ、寒ぅ……」
「ああもう、寒いったらありゃしないね! 悪い日和!」
「え?」

聞き覚えのある声に、思わず横を見ると。

「おや? おやおや? なんで名前ちゃんがこんなところにいるのかな?」
「いや、こっちの台詞だよ! 日和、ここ夢ノ咲の近くの商店街だよね?」
「僕がどこに居ようと、君に指図する権利はないね! ところで名前ちゃん、今買い物してたのかい?」
「えっ……いやまぁ……本を」
「本?」

日和が私の出てきた建物の看板を眺めた。古本屋なんて、古いものが嫌いな日和がもっとも近寄りたがらないような場所だ。

「わざわざ古いものを買い付けるなんて訳が分からないね! うんうん、君も相変わらず意味不明で感心だね!」
「意味わかんない感心の仕方だね……。そっちこそ、また衝動買いしてるんでしょ。ジュンくんに怒られるよ〜?」
「知らないね! 第一、奴隷がご主人様に怒るなんて命知らずとは思わないのかな、ジュンくんは……。まったく、手がかかる子だね」

ひょい、と肩をすくめる日和。そういえば今日は、まだ両手が紙袋でふさがれている〜みたいな状況じゃない。まだ物色し始めたばかりと言ったところだったのかな。

「うん、まぁ節度を持って楽しんでね。じゃあ私はこれで……」
「ちょっと待ってほしいね!」
「うきゃ!? マフラー引っ張るとか非人道的!」
「あっはっは、名前ちゃんなら少々のことがあっても生きてるはずだね! というより、この僕が今から買い物しようって言ってるのに、逃げようったってそうはいかないよね? なぜなら高貴な人間には従者が必要、それは自然の摂理だね……!」
「ええ〜……。うーん、正直帰りたいけど、でも日和が迷子になったりしたら困るのはジュンくんだしなぁ……。よし、分かった、行こう日和」

にっこり笑って良い返事を返したのに、日和は実に不満げに頬を膨らませていた。

「君、僕よりジュンくんのことを案じてないかい?」
「気のせい気のせい! さっ、こんな寒いとこに突っ立ってたら風邪ひくよ! 次の店に行こ〜! キッシュケーキ食べたい? 雑貨見たい? なんでも言ってね!」
「うんうん、いい心がけだね! じゃあまずは……」



「うんうん、ここのキッシュケーキは評判通りのおいしさだね!」

日和はご満悦と言った顔で呟いた。

あれから歩き回って二時間くらい経っただろうか。窓の外はすっかり日も暮れかかっていて、夕飯前にキッシュケーキだなんて悪い子……! なんていいながら私もシュークリームを食べてる時点で同罪だ。

「日和、いっぱいモノ買ってたね。それ一人で持って帰るの?」
「いや、もう面倒くさいから玲明学園に送り付けようと思ってるね」
「うん、まぁそれがいいんじゃないかな。電車で帰るのか車で帰るのかしらないけど、大荷物で移動も大変だし……食べ終わったら、郵便局行こうか」

二人だけなのにボックス席に座った理由は、何を隠そう日和の荷物が多すぎて置く場所がなかったからだ。そのレベルの大荷物を抱えて玲明学園まで帰るのは、さすがに厳しいだろう。

だとすると、郵便局が閉まる前にこの店を出なきゃいけないなぁ……えっと、確か郵便局が閉まるのは……

「名前ちゃん」
「……ん? なに?」
「ほら、これを受け取ってほしいね」
「え?」

がさ、と日和が紙袋の中から何かを取り出し、机の上に置いた。小さな、薄い包みだ。

「……くれるの?」
「そうだよ。いくら社交界が嫌いだからって、礼節に欠けた男ではないと自負しているね! いわゆる今日のお礼だよ、受け取ってくれるね?」
「も、もちろんっ! 開けていい……?」
「もちろん」

日和がいつになく優しい声で語り掛けてくるので、お言葉に甘えて包装を破いて中身を取り出した。そこに包まれていたのは、ステンドグラスのような色合いをした、

「わぁ、綺麗な栞……!」
「ふふん、この僕が選んだのだから当然だよね?」
「うんっ! すごい、光を通したらキラキラするんだね……! ほんとにステンドグラスみたい!」

赤や青、緑と、さまざまなる色をした模様。上品なカフェの蛍光灯に照らされると、淡く輝いた。あまりにも可愛い、綺麗な贈り物に、子供のようにはしゃいでしまう。

「どうだい? 君は古い本を買っていたけれど、新しい栞も悪くないっ! もちろん、君もそう思ったよね」
「あはは、悪くないどころか最高だよ! ありがとう日和っ……ほんとに嬉しい」

ふにゃりと口元が緩むのを抑えられない。
あの日和が、私の為に、私の好みを考えて、ものを買ってくれた? これで喜ばない訳がない! 

「えへ、ごめん。だらしないけど、嬉しくてにやにやしちゃう……」
「……」
「ありがとう、ほんとに嬉しい……日和?」

彼ではありえないような静けさに、思わず生存確認めいたトーンで名を呼んでしまった。ヤバイ、また不機嫌にしちゃったかな……と思って顔をのぞき込む、と。

「えっ? ど、どうしたの日和! 顔が真っ赤だよ!」
「う……うるさいね、名前ちゃん!」
「ええ!? 日和にうるさいとか言われる日が来るとは……じゃなくて! もしかして、具合悪い?」
「っ〜! 誰のせいだと……相変わらず鈍すぎるね、名前ちゃん……英智くんが二年前から延々と報われないのも分かる気がするね……」

赤くなった頬を冷ますようにお冷を煽った日和が、ぼやくように呟いた。