オータムライブ | ナノ
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呼び出し  




「日渡さん」
「おわっふ!?」
「なんですか、その間の抜けた叫び声は」

あきれ顔でそう言ったのは、鳴ちゃんの愛しの君……もとい、椚先生だった。

生徒会の顧問をやっているという事実からもお察しと思うが、彼はいわゆる『怖い、厳しい先生』のカテゴリに属するタイプの教員。なので、こうして私が頭の悪そうな叫び声をあげて驚くのは、是非もないよネ!

「まぁいいでしょう。今から職員室に来なさい」
「ええ!?」
「一々反応が大きい」
「すっ、すみません……いやでも、急に呼び出されるほど、何か重大なミスがありましたか」

全然記憶にない。まぁミスというものは大概記憶にはないが。
しかし意外にも、椚先生は首を横に振った。

「いえ。むしろ、捉え方によっては名誉とも言えますね」
「……?」

彼がこういう、はっきりしない物言いをするのは珍しい。どうしたのだろう、と思っていると、先生は気まずそうにため息をついた。

「……まぁ、私だけで話をつけるのも違うでしょう。佐賀美先生も呼んでいますから、とにかく職員室に行きましょう」
「は、はい」

え、佐賀美先生まで呼ばれるとか、どんな一大事なの。
だんだん怖くなってきたけれど、逃走するという選択肢はどう頑張っても表示されないだろうことを悟り、ビクビクしながら椚先生の後をついていくことにした。



「んー。まぁ、単刀直入に聞いてみたいんだけどよぉ」

佐賀美先生は、無造作にセットもしていない髪をくしゃくしゃとかきむしりながら、一枚の書類をぼんやり見て言った。

「お前、乱とそんなに仲良かった? あるいは、そんなに仲悪かった?」
「え? 乱って……乱凪砂くんですか」

ずいぶん懐かしい名前が出たものだ。

――乱凪砂。
元『fine』の一人で、今は夢ノ咲ではなく秀越学園に在籍する男子生徒だ。零さんとよく類似する、異常なまでの天才性を持った子だったと記憶している。まぁ、零さんとは反対に、内気だった記憶もあるが。

……以上。それが私の、凪砂に対する知識。
この、一見すれば誰にだってわかるレベルの情報源しかもっていない相手だ。仲がいいも悪いも、ないように思うけれど。

「いや、いきなり異性間の交友に首突っ込んで悪いとは思うんだけどよぉ。妙な手紙が、秀越学園から来てな。今朝職員会議にかけられた」
「手紙?」
「これだ」

ぴらぴらと、自分の手元の紙を振って、私に差し出す佐賀美先生。
それを受け取って、目を落とす。つらつらと美辞麗句や時候の挨拶が並んでいるが、要約すると、内容はこうだ。

【『Trickstar』と『Eve』との合同ライブは今できない。
なので、代わりに『Adam』等とのライブを検討している。

ただし、『Adam』との仕事を承諾するには条件がある】

「――日渡千夜さんを、『Adam』の専属プロデューサーとして、一週間弱、お借りしたく存じ上げます……?」
「そう。先方の言い分としては、『夢ノ咲学院の新しい試み『プロデュース科』にはこちらも感銘を受け、いずれ秀越学園でも新設したい。なので、まずは夢ノ咲学院のプロデュース科の方にお話を伺う代わりに、わが校のトップユニット『Adam』との仕事を一考したい』みたいな感じだろうけどなー?」
「そう。ですが、なぜ貴女が名指しなのか。
――いえ、もっとハッキリ言いますと、『転校生の女子生徒ではなく、』と前置きがしてあったのです。先方は転校生の名前すら知らない――なのにどうして、貴女の名前だけは知っていて、かつ貴女を指名したのか? という疑問点が、どうしても拭えないのですよ。分かりますね、日渡さん」
「ああ、もし私の名前を知ってるとしたら、凪砂しかいない……ってことですね。だって、プロデュース科の生徒の名前は公式で伏せられているから」

生徒数が少なすぎてプライバシーの問題に触れやすいから、基本的にプロデュース科の生徒の情報は、一切公式的な書類やサイトに載っていない。秀越学園が、常識の範囲内で調べたなら、名前なんか知りえないはずだ。

「そう。で、冒頭の質問って訳だ」
「……悪いですけど、名指しで一緒にお仕事したい! みたいに好かれる覚えもなければ、名指しで『Trickstar』をぼこぼこにするのに一枚噛ませてやる〜みたいな悪意を向けられるほど嫌われた覚えもないです」

嘘でもなんでもなく、事実だ。
凪砂と交流がなかったわけでもないけれど、『Knights』や五奇人、そして英智……彼らほど深く絡んだ訳でもない。

それに凪砂、興味ないことはバンバン忘れていくから、てっきり忘れられていると思っていたんだけど。

「だよなぁ。俺も、乱のやつがそこまで良くも悪くも執着じみたことするとは考えられねえ」
「ですが事実として、日渡さんは名指しされていますよ」
「そこなんだよな。でもって、プロデュース科という全体の枠組みから考えると、この申し出はメリットしかない。――秀越学園と仕事をして評価されたとあれば、今のアイドル育成業界じゃ太鼓判押されたも同然だからな」

なるほど。

たしかに、夢ノ咲はようやく持ち直した……という段階だが、秀越学園は前々から評価されているのだ。彼らの依頼を完璧にこなせば、新設されたばかりの科にはプラスの評価になるはず。

「教員として言いましょう。あなたは先方の要求通り、『Adam』と一時的に契約を結んでください」
「分かりました」
「おいおい、やけにアッサリしてるけど大丈夫かよ。お前があれだけ可愛がってた『Trickstar』の奴らを、一時敵に回して」

少し心配するように、佐賀美先生があえて緩い声で言った。

「……しかも相手が『Adam』だ。大方、夏の時よりゃマシかもしれんが、文字通り殴りつけることになるぞ?」
「最初から『Trickstar』が『Adam』に泣かされるって決めるなんて、先生ひどい」
「ちげーよ。プロデュース科の代表として行ってもらう以上、先方の望み通りの戦果を出さなきゃなんねえ。そうなると、やっぱり殴りつける羽目になるだろ」
「……まぁ、今の状況で『Trickstar』が『Adam』を制すると教員が評するのは、正直無理です」
「へそで茶が沸くってやつさな。ま、希望か絶望か、アイツらにはまだまだ伸びしろがある。少々強敵にぶん殴られても這い上がるだけの力は、もう出来てるはずだ」
「うーん、なんというか……板挟みだなぁ」

感情と、使命の狭間で。
ともあれ、そういう状況には慣れている。一年前は誰であれ、そんなのばっかり経験させられたんだから。

「ま、立つ鳥跡を濁さず……ですよね。プロデュース科は、まだまだ続くわけですし。お仕事は真面目にやって、後を汚さないように気を付けます」
「はは、お前らしいよ。じゃあ頼んだ。こんな酷なこと、どっちみち二年生の転校生には任せられねえ」
「委細は放課後、またお渡しします。『Adam』のメンバーは二人。あなたも知っている、乱凪砂くん。それから二年生の、七種茨くんという人です。少しばかり自分で、彼らのことを調べてみなさい」
「うえ……課題だ……」
「日渡さん?」
「はい! 頑張ります!」

椚先生に睨まれ、爽やかに返事を返すほかなかった。

――ともあれ。

なんの因果か、私は過去の敵だった凪砂くんのユニットを助け、今の味方である『Trickstar』の成長を試す、中ボス的役割を担わされる羽目になった……という訳だ。

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