オータムライブ | ナノ
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言葉をちょうだい  




二週間着た秀越学園の制服を丁寧に畳み、ベッドの上に置く。
すっかりなじんだ部屋は綺麗に片付けられ、またよそよそしい空気感を取り戻してしまった。
少し寂しいのは、人間としての当たり前の情かな。

「忘れ物はございませんか、陛下?」
「そういえば……この前私、講堂に古墳時代の土器の破片の一つを忘れてきてしまったのだけど……千夜知らない?」
「ちょっ、ちょ、なんで破片を机にばらまく……凪砂は散らかしに来たの?」
「いや……ちょっとこの破片興味深くて。どういう造形だったか、っていうのは、この淵だった部分から判断するのだけれどね」
「うん、うん」
「この部分がつるっとしているのが……」
「お楽しみのところ大変申し訳ありません! 陛下も閣下も、手が止まっておりますよ!」

おっと。凪砂が一生懸命話し始めると、つい耳を傾けてしまう癖が出来ていたようだ。

――オータムライブはつつがなく終了した。
投票という明確な勝敗は(あえて)システム上から外されていたが、あの場でどのユニットが一番衆目を集めていたかは、一目瞭然だった。

至近距離で『Adam』のことを見て、改めて分かったのは、彼らのその天才性。凪砂の言う『星』の意味だ。

凪砂は、あの場で文字通り『桁違い』に輝いていた。彼が歌いだした瞬間、一瞬『Trickstar』が凍り付いたのだ。彼らだけでなく、彼らの観客すら。旧『fine』の二枚看板の片割れ、その名前の意味を十二分に私に伝えてくるパフォーマンスだった。

一方茨くんの方も、凪砂の迸るような覇気を上手に操って、どういう風に立ち回らせるのかをその場で判断していたようだった。凪砂はあらゆる面でまだ子供であり、それをうまく引率しているような具合だ。

正直――彼らは既に完成していた。

「ごめんね茨。つい、いつもの調子で千夜と遊んでしまったよ。……今日で帰ってしまうのに」
「ええ閣下、手早く準備をお手伝いいたしませんと! 手配している車の者が立ち往生してしまいますからね!」
「もう午後から、考古学の話ができないんだね……」
「な、凪砂……そんなに落ち込まなくても」

なんというか、思った以上に帰らないで〜的な反応が強かった。もしかして破片を広げたのも、帰ってほしくない心の現れ……? いや、さすがに幼児扱いしすぎか。彼だって立派な十八歳男子だ。

茨くんは苦笑すると、手を顎に当て、

「閣下がそうまで仰るとは珍しいですね」
「私もそう思う。……人間は、一度便利さを経験すると、戻れない」
「便利グッズ扱い……」
「? 千夜はモノじゃない。そこで息をして、私に応じてくれるもの……母、なのかも」
「そ、それもそれで複雑」

私は凪砂と同い年だからね。というツッコミはさておいて。

こんなに懐かれるなんて、二週間前の私は全然思ってなかった。むしろ忘れてるとすら思ってたんだけどな。短い期間でも、親密になれるものだ。思えば『Trickstar』とのあの革命の日々も、一か月程度じゃなかったかな?

「はっはっは、母でありますか! 確かに、陛下の寛大なお心は母なる海にも勝るかと!」
「もうっ、からかわないでよ茨くん!」
「いやはや、からかっているとは誤解です! 自分も心より陛下のお帰りを悔やんでおりますとも! ……いっそ、本当に閣下の母なるものになって頂いても構わないのですが」

ぽそり、と本当に呟きという声量で茨くんが言った。

「……茨くん、寂しがってくれてる?」
「ええもちろん! 貴女ほどの才女をむざむざ敵に返却するなど」
「帰ってほしくない?」
「っ……」

真っ向から目を見て尋ねると、彼は一瞬言葉に詰まった。

「あはは、びっくりした顔してる。別に、ここに茨くんの敵はいないんだから、褒め殺さなくったっていいのに」
「……生憎と、性分でして。自分を誰だかお忘れですか? 自分は七種茨……ド底辺野郎の毒蛇です」
「前々から思っていたのだけど……学園トップの『Adam』に居る茨がド底辺って、不思議な話じゃないかな?」

きょとん、と凪砂が本気で不思議そうな声で言った。あまりにも拍子抜けな発言なので、思わず私は笑ってしまった。

「あははは! うんうん、凪砂の言う通りだよ! 茨くん、貴方のド底辺自称は敵の前だけで良いんじゃない? 私も凪砂も、貴方の事はとても『ド底辺』には思えなくて!」
「ええ!? しかし、これも戦略……」
「……もう最後だから、最後にただの言葉を聞かせてほしいな」

戦略でも褒め殺しでもなくって。
ただ、茨くんが心に思った言葉だけを。
そう思って、ダメ元でお願いしてみる。すると茨くんは、珍しくも動揺しているようで、白い肌を薄く染めていた。

「……そ、その」
「うん」
「自分……いや……『俺』は」
「おお……」
「へぇ。君が俺って言うんだね」
「お願いですから茶化さないでいただきたい、クズの自分もさすがに恥ずかし……えほん。えっと、じゃなくてですね」

中々身に染みこんだ処世術は消えないらしい。ワザとらしく咳ばらいをすると、茨くんは困ったように微笑んだ。

「『俺』は……また貴女に会いたいです。千夜さん」

――ああ、やっとあなたの言葉を聞けた。

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