▼ 望まぬ交錯
……と思った過去の私に「やめとけ」と言いたくてしょうがない。
従弟から送られてきた詳細。いたって健全、どこをどうひっくり返しても労働基準法に違反しない、完璧な日雇いバイトだった。
なのにどうして私が、ここまで後悔しているかというと……
「なんなの、この妖精さんみたいな服は〜!?!」
売り子とフラワーガールの制服は同じなのだが、それが……少々素敵すぎたのだ。要するに、――可愛すぎて着るのが恥ずかしいタイプの制服というか。
制服の見本と説明書きをもう一度見る。
【色鮮やかな花々の色彩を邪魔しないように、『フラワーガール』の制服は白を基調としたものとなっております。スカート丈はミモレ丈(160センチの方を目安)となっており、袖が花柄のシースルー生地のワンピースです。当日は少し肌寒いことも予想されますので、上着をご希望の方は事務室までお声がけください】
そんな文章とともに載せられた写真は、結婚式のパーティにでも参加するのかな? と言いたくなるようなクラシカルで可愛らしいドレスのようなワンピースだった。
「こんなの人前で着れるわけない! むりむりむり! こういうのはモデルさんが着るから可愛いのであって! 凡人には! 無理!」
『Knights』の借りているスタジオの隅でそう叫びながら、さっきからLINE通話で鬼電を仕掛けているのだけれど、従弟はガン無視だ。まぁ、中学生なんだから携帯を学校に持ち歩いちゃいけない的な校則があるのかもしれないが。
あ、あの従弟め……私がこの制服に泡を食うのを分かってて紹介したな……!? ぜったい許さん。
と固い意志とともに、今度は嫌がらせの方法を鬼電からスタ爆や(クソリプ用の)画像大量送信にしようと躍起になっていたのだが。
「ねぇ千夜ちゃん、ちょっといいかしら」 「はえ? どしたの、鳴ちゃん?」
とんとん、と肩を叩かれ、一度暗黒面から復帰する。とりあえず従弟への反撃は置いておいて、鳴ちゃんのほうへ向き合った。
「実はね、ちょっと相談があるんだけど……」
そういうと、鳴ちゃんはいつになく真剣に、事のあらましを説明し始めたのだった。
*
「ね、いいでしょ千夜ちゃん? アタシと一緒に『王さま』を説得しに行きましょうよ」 「え……ええと……待ってね、もう一回聞かせて。そのイベント名は……」 「え? んもう、ちゃんと聞いてて頂戴よ!」
ぷんぷん、と可愛らしく怒ったふりをする鳴ちゃんは、今度こそ聞き逃さないように! という意味を込めてか、ずいっと私のほうに顔を寄せてこう言った。
「【フルール・ド・リス】! 秋のガーデンフェスティバルの目玉! 花と音楽の祭典よぉ♪」
なぜ……どうして……!
私の恥ずかしい制服のバイト先と、鳴ちゃんの参加したいイベントが被っているのだ――!
「ふるーるどりす……」 「【フルール・ド・リス】ね。花と音楽の祭典! アタシもこの前、モデルの仕事で撮影に行ったんだけど……すっごく素敵なところなんだから!」
放心状態で私がつぶやくと、嵐ちゃんが正しい発音で訂正を入れてくれた。なるほど、彼はモデルの仕事でそのイベントの存在を知ったらしい。奇遇だね、私はバイトでそのイベントの存在を知ったの! と投げやりになりたい気持ちを抑え、うんうんと笑顔でうなずく。
「へ、へえ……そうかぁ、いいね」 「でしょ? 『Knights』も、苦労してた頃とは違ってだいぶ復活してきたことだし、そろそろ新規顧客の獲得に入ってもいいと思うのよねぇ」
それは確かに、その通りだ。 レオが帰ってきて、『武器』である楽曲が再び騎士に与えられるようになった。余裕のある今、『領地』を拡大しようという考えは当然の帰結。
一分の間違いもない、賢い策。
「だから、千夜ちゃんから『王さま』に、イベントのこと伝えてくれたらいいなーって思って! どうせお家に帰ったら一緒にいるんでしょ?」 「うん、そうだね。で、でも……」 「あら? どうかしたの千夜ちゃん、顔色が悪いわよぉ〜?」
ぎくっ。 うん、そうだよ。だって私、その場所でだけは君たちに会いたくないから――!
……とはいえ、レオに話せば十中八九バイトのこともバレるだろう。隠して爆死する前に、あとでレオにだけ教えとこ……。
「【フルール・ド・リス】って、実は私もこの前人から教えてもらったんだけどね……その日、用事があって。当日のプロデューサーはできないけど、それでもいい?」
恐る恐る聞くと、鳴ちゃんはあらまぁ、と頬に手をやって残念そうな顔をした。
「残念だわぁ、千夜ちゃんと二人でお花見ながら恋バナしたかったのに!」 「わ、確かにそれは魅力的……私も残念だよ」 「ううん、それにほかの皆の士気にもかかわる問題よぉ? やっぱりアタシたち、誰よりも千夜ちゃんにパフォーマンスを見てもらいたいもの」 「鳴ちゃん……」
嬉しい言葉に、思わず胸が熱くなる。 ……うん。当日、隠れて『Knights』のライブは見に行こう。運が良ければ(悪ければ、かな?)ライブ会場の売り子を任される可能性だってあるし。
「ごめんね。でも、前日までの準備はお手伝いするから」 「ええ、お願いするわ!」 「当日これないから、引率の先生についてもらうのもいいかもね。例えば、椚先生とか」 「――椚先生!」
きらきら、と鳴ちゃんの目が輝いた。
うん、先生の名前を出せばきっと喜ぶと思った。当日私が表立って応援できない分、先生が居れば私も安心だし。鳴ちゃんも喜ぶし、一石二鳥だと思ったんだよね。
「じゃあ、引率の話は私から……いや、鳴ちゃんにお願いしていい?」 「! もちろんよっ、お姉ちゃんに任せなさ〜い♪」 「ふふ。任せたよ、鳴ちゃん」
とりあえず……当日はバレないように行動しようっと……。
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