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二つの返事

「名字さん、俺と付き合ってください!」
「……ん? 私?」
「俺、返事待ってるんで! じゃあ、また!」
「えっ、あ、ちょ……!」

普通科に居た頃の記憶を辿らなくとも思い出せる、超有名人。あれはたしか、サッカー部部長の。

というかサッカー部といえば普通科の中ではイケイケ系で有名。そんな彼が、地味な、というか転科した私なんかに? なんで?

と疑問を頭の中で増殖させている間に、相手は去って行ってしまった。

「……え?」



棟が分かれてるとはいえ、同じ夢ノ咲学院だ。
体育祭は特に、普通科もアイドル科も関係なく赤白に分けられるため、他の科の生徒たちの雰囲気もうかがい知ることができる。

嵐は応援団員で、既に応援合戦も終わった後だった。しばしの休憩が応援団員には課せられるため、水を買う為に一度グラウンドを離れた。放送が流れ、今の競技を行う生徒たちの様子がよくわかる。

「なぁ、お前あの話聞いた?」
「おー、聞いた聞いた。あれだろ、サッカー部の部長の」
「そうそう、告ったって!」

(あらまぁ、素敵ね。恋バナかしら)

自販機で水を買い、近くのベンチで休憩をとっていたところ、同じように自販機でジュースを買いに来た普通科らしき男子たちがやってきた。アイドル科にいると恋愛話とは縁がなく、ご相伴にあずかろうとばかりに嵐は耳を傾けた。

「あいつ、ああいう大人しそうな顔の女子が好きなんだな」
「一組のアイツみたいに、一軍系が好きと思ってたわ」
「それな! まさか、名字とは!」

思わずペットボトルを取り落としそうになって、慌ててキャッチ。大丈夫、天然水はまだボトルの中だ。

……なんて、適当に誤魔化してみるも、どうも動揺は隠せない。まさか、ここで知った名前を聞くことになろうとは、と嵐は内心驚いていた。

「しかもあいつ、プロデュース科に転科したじゃん。付き合ってもしょうがなくねえ?」
「言えてる」
「でもさぁ」白組らしき男子生徒が、楽しそうな声でつづけた。「名字って結構可愛いよな」
「大人しめな女子が好きな奴には人気ありそう」
「あいつたぶん、髪も染めてなきゃストパーもしてねえよな。ああいう純粋そうなのがイイんだろ」
「あれ名字じゃね?」
「結構胸あるな」
「わかる」
「おめーら変態かよ。ま、大人しそうな顔で胸でかいって最高だな」
「お前が一番変態じゃねえか」
「それな」

いたって普通な、男子高校生らしい会話をしながら彼らは去っていった。彼らの言う通り、名前は少し離れた場所で事務仕事をしている。天祥院と資料を覗き込み、たまに椚先生が二人に何事か指示を出していた。

「……あらやだ、アタシったら椚先生に気づかなかったなんて!」

なんて、誰もいないのにフザけたってしょうがない。
残った水を飲み干し、ペットボトルをゴミ箱へと放り投げた。



というのが、現状の説明に不可欠な事象。
私が机に突っ伏せ、鳴ちゃんがあらあらウフフと楽しげに笑っている理由だった。

「うあーもう! 鳴ちゃんっ、笑ってる場合じゃないよぉ!」
「あらやだ、ごめんなさいねぇ? でも、知り合いの恋バナほど面白いものってないじゃない?」
「分かるけどっ! ああーどうしよう、なんでサッカー部の部長が、私なんかに告白してきたの? 絶対罰ゲームだし!」
「そうなのかしらね。なら断ったらどうかしら」
「断ったら「あいつ調子乗ってね?」って言われるし、受け入れたら「罰ゲームに決まってるだろww」とか言われるんだ! 駄目だ詰んでる〜!」

ほんともう勘弁して。なんで転科した私で罰ゲームの実行したの。どうすればいいんですか詰みゲーだ。

机の木目を見つめて心を落ち着かせようかと思ったけど無理。近すぎて何も見えないし、何なら涙で滲みそうである。

「……名前ちゃん、仮に本当の告白だったらどうするの?」

急にそんなことを言われ、思わず顔を上げた。すると、予想外にも真面目な顔をした鳴ちゃんが私を見つめていたため、少しドキッとした。

「え? まさか、そんなわけ」
「あら、ほんとに相変わらずの自己評価の低さねぇ。アドニスちゃんの言う通り」

そう言うと、鳴ちゃんは私の髪を一掬いした。

「――綺麗な髪。アタシがちゃんと手入れ方法教えたからかしら、最近ますます綺麗」
「え? あ、ありがと」

私の髪を掬った手は、今度は頭に置かれた。優しく撫でるように手を動かしながら、彼は言葉を続ける。

「いつもアタシたちのことを考えてくれる所だって魅力的よぉ。一途で、優しくって、ホントに好き」
「そう……?」

するりと、手は頬に。

「可愛い顔。確かに、薔薇って風情じゃないけどね。でもタンポポってほど安い感じでもないわぁ。そうねぇ、……百合かしら。静かで優美、派手さはなくても、落ち着いた美しさね」
「へっ? な、鳴ちゃ……」

その指先が、私の唇をなぞった。どくん、と心臓がひと際大きい音を立て、彼の菫色のような瞳と目がかち合って、――逸らせない。

「――ね、これで分かってくれたかしら」
「え、えっ……?」
「自分がどれだけ、男を惑わせてるかってコト。――目、閉じて」
「っ……」

目を閉じたら、最後だ。
決定的に何かが変わる。速攻で、あのサッカー部男子の恋は終わる。私と鳴ちゃんが、こうやって無意味に他人の恋バナをする機会も、永遠に閉ざされる。
後はもう、紡ぐだけだ――自分たちで。
そう、予感させるには十分で。

でも、でも。

「……ん、ぅ」

何も見えない中、違う熱が、触れた。
恐怖か、期待か、それとももっと違う何かか。分からないけど、私の手は机の上で、固く握られていた。それすらも侵すように、自分よりずっと大きな掌が、私の手を包み込む。徐々に自分の手を握る力が緩むと、指が絡み合った。触れた手は、私と同じくらい汗ばんでいたと思う。――彼らしくもなく。

そう思うと、もう止まらない。
彼に引きずり出された恋心のようなものが、私の瞼に重くのしかかって、どうにも動かせない。ずっとこのままで居たい、なんてバカなことを思った。

「っ、ふふ……名前ちゃん、顔真っ赤」
「……鳴ちゃ、」

彼は早々に視界を取り戻したようだった。私は怖くて目を開けられない。でも、促すように目じりにキスを落とされては、薄らとでも目を開けなければならなかった。

「……鳴ちゃんも、だね」

ぼんやりとした視界でも、彼の頬の色はよくわかった。

「ね、アタシいますごくドキドキしてるんだけど……名前ちゃんは?」
「あ、あの……」
「だぁめ。今は、目、閉じないで。アタシの目を見て、答えて」


――ああ、返事、決まったなぁ。