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チョコレイト


「今日は付き合ってくれてありがとね、泉くん」

にっこり。

夕暮れの中、素直に礼を述べてくる名前。彼女の手には、紙袋が一つ。中身は彼女の幼馴染、レオに頼まれた五線譜や諸々の文房具だ。五線譜がどこに売っているのか分からない、と名前に連絡され、暇だったので楽器店に案内した。そういう経緯だ。

「別にぃ〜? れおくんの曲は俺らの『武器』なんだから、補充は当然のことでしょ〜?」
「武器? 不思議なたとえ。えと、『オセロ』……だっけ? 『バックギャモン』?」
「たぶん、今度からは『チェス』に戻ると思うけどねぇ。俺らのユニット、膨大なだけで中身スッカスカだし、ネーミングなんて誰も気にしちゃないと思うけど」

世間話をつらつらとしながら、帰路を歩く。二月ともなるとそろそろこの時間帯でも明るくなり始めて、春が近いのを感じさせてくれた。まあ、世間は春の訪れを気にするより先に、バレンタインで盛り上がる訳だが。

さて……普通科からくるだろうチョコレート、どう対処するか。それこそ彼女の持っているような、紙袋でも用意していくべきか。

なんて泉がぼんやり考えているうちに、見覚えのある家が見えてきた。レオの家だ。そして隣が、彼女の家。

「送ってくれてありがと。今度お礼するね」
「ふ〜ん。ま、別にどっちでもいいけどねぇ」
「そっか……うん、わかった。じゃあ、ばいばい」

名前は小さく手を振って、ぱたんとドアの向こうに消えていった。



「どういうことなの、これは……」

紙袋を三つ引っ提げ、泉は忌々しいとでも言いたげな顔をして公園の中へと入る。『戦場ヶ原公園』とか、何ともおどろおどろしいネーミングセンスの公園だ。

「ちょっとぉ! れおくん! あんたのチョコレート運んできたけどぉ!? てか俺をパシるとか何様のつも……」
「あっ」
「……え?」

公園のブランコから立ち上がり、ぱたぱたと駆けよってきたのはレオではなく、名前だった。思わぬ人物の登場に、心臓の鼓動が一気に早まった。

「ごめんね。レオに言われて、チョコ受け取りにきたよ」
「は? あのバカ殿、俺らをパシって自分は優雅に曲でも作ってるってわけ? あり得ないんですけどぉ……」
「あはは……ていうかすごいね、これ全部レオの?」
「いや、この紙袋がれおくんの。で、残りは全部俺のだけど……」

両手を塞ぐ紙袋。今日ばかりはバイクで帰れないので、電車で帰らねばならない。そういう旨のことを苛立ちまぎれに語れば、名前の顔が僅かに引きつった。

ああ、お優しそうな顔してるし、こういう善意を踏みにじる発言は嫌ってか……なんて苛々した気分のまま考えていると、名前がおずおずと口を開いた。

「そ、そっか……」
「なに? 俺に説教するつもりぃ?」
「えっ、違うよ。……でも、レオに言われて作ったこれ……邪魔になるかなって思ったから……」

ごそ、と名前がコートのポケットを庇うように触った。ちょっと恥ずかしそうに笑う顔は嫌いではない……なんていつもなら思っているところだが、生憎今の泉はそれどころではなかった。

「……なに、チョコレート?」
「あ、うん……。この前のお礼に何あげたらいいかな、ってレオに聞いたら……」

セナは、おまえがつくったチョコレート欲しいって言ってたぞ! 

……とか何とか、とてつもなくお節介なオレンジ頭の台詞が、おっとりした声色に乗って響く。つまり、この公園での遭遇は、レオの策略に他ならないという訳だ……。

何やら勘ぐられているのがとてつもなく恥ずかしい。頬が赤くなっているのが嫌でも分かって、ちょうど今の時間帯が夕暮れであることに感謝した。たぶん、おそらく……この子には気づかれてない。

「レオの言う通り、チョコ作ったんだけど……これ以上チョコ増えたら、重いし迷惑だよね」

にこ、と、あの日の放課後と何ら変わりない笑顔で微笑まれる。感謝も謙遜も、全部人形のようにきれいな微笑みで誤魔化そうとする名前に、泉は好意とももどかしさともつかない複雑な感情を覚えた。人形のような子は好きだ、でも慮られて詰められない距離はいらいらする。

だから。

「……それ、開けて」
「え?」
「あんたのチョコ、包装外してって言ってんの」
「えっ……う、うん」

きょと、とした顔をしながら名前の細い指がリボンをほどいていく。水色のリボン。泉の瞳と同じ色だった。

そして中から出てきたのは、小さなチョコレートトリュフ。三個入り。……このくらいならば、カロリー計算の許容範囲だ。なんて自分に言い訳しながら、泉はそれらをひょいっと口の中に放り込んでしまった。

「あっ」

ぱち、と名前の花瞼がまたたく。もぐ、と咀嚼していると、段々とその頬が嬉しそうにほんのりと色づいていく。優しく微笑むばかりだった口元が、初めて嬉しそうにふにゃりと歪んだ。

「たべてくれるの?」

今更聞かないでほしい。どうにも泉は恥ずかしくなってきた。とろり、口の中で溶けていくチョコレートは、確かに甘かったはずなのに、なんだか味がよくわからなくなっていく。

神経が味覚より、目や耳に集中しすぎているのが自分の中で浮き彫りになってますます気恥ずかしい。なに、こんな奴に夢中になってるんだろう、俺は。

「うれしい……あのね、私、今年はじめてレオ以外の人にもつくったの。だからね、おいしいかなって心配なんだけどね、」

たどたどしく、珍しくも彼女の方から沢山語り掛けてくる。ほわほわとした嬉しげな表情。子供みたいにじーっとこちらを見上げてくる、黒色の瞳。気を許した、と一瞬で分かるような変化の仕方だった。

あの自由人のレオが、どうも名前だけは気にかけてあれこれ口出ししている理由が少しだけ分かった気がした。

「……ま、悪くはなかったけどねぇ?」

ごくり、と喉にチョコレートを通して、なんとか呟く。皮肉っぽい返答だったが、名前はニコニコと泉の方を見ている。

「泉くんの『悪くない』は、『好きだよ』って意味だよね。ありがとう」

さらり、いきなり図星を突いてくるのは如何なものか。泉は返答に困って二個目を口に含む。もう、完全に味なんか気にしていられなかったけれど、「おいしいよ」と素直に返答することにした。