「で、なんで『王さま』はそんなに機嫌が悪いのかしらぁ?」
「…………別に!」
「確実に何かあったでしょ、その態度。名前ちゃんが『Knights』の部屋に居ないのも、関係してると踏んだわ」
「ナル、おまえいつから名前みたいに悪知恵が働くようになったんだ〜?」
ソファに投げやりに身を横たえ、皮肉めいた声でレオが言った。
なるほど、レオと名前は珍しくも喧嘩したらしい。
「で、名前ちゃん、今日は誰とお食事に行こうとしたのかしら?」
「食事じゃない……てか食事は全部断らせてるからな。アイツ、どうもお偉い方のおっさんどもに嘗められやすいから」
やれやれ、と肩をすくめる辺りはまさしく名前を心配する兄のそれだが、その実彼と彼女は長年のブランクを経て再会を果たした幼馴染――兼、恋人なのだ。
しかし喧嘩しても相手を心配するとは、レオは筋金入りで名前を愛しているということに他ならない。うらやましいわねぇ、と嵐は茶化しそうになったが慌てて言葉を飲み込んだ。
「じゃあなんで怒ってるのよぉ?」
「――『UNDEAD』」
「あ〜……朔間さんねぇ」
『UNDEAD』と名前の名前が同時に出たとき、すぐ連想できるのは『UNDEAD』のリーダーにして、【Thief】の最高責任者……朔間零だ。
彼、十年程度前からひどく名前に文字通り『惚れ込んで』いたらしく、レオより前から名前に【Thief】になれと勧誘をしていたそう。
結局彼女は『Knights』の所属として入ったが――どうも朔間零は、まだ名前のことをあきらめてはいないようだった。だから、名前の恋人であるレオは警戒しているのだろう。
「名前、よりにもよってレイと泊まりで仕事をしたいとか言い出したんだぞ!? ほんと、あいつは男のこと何にも知らなさすぎだろっ」
「はいはい、落ち着いてちょうだい。男を教えたのは『王さま』でしょ〜? もったいぶって甘やかすから、悪い大人の男にケロッとした顔でついていこうとするのよぉ」
「ぐっ……だって、何にも知らない名前可愛いんだよ……」
「重症ねぇ」
嵐は苦笑した。
レオはどうも、名前に対して若干の庇護欲的なものがあるらしい。訳の分からないままいなくなった幼馴染と考えれば、もう二度と離れないように守ってあげたい気持ちは分からなくもないが。
「きっと名前ちゃんは、『Knights』の為になると思ったから朔間さんとお仕事しに行きたいって思っただけよ」
「……分かってる」
「じゃあ、怒るんじゃなくて、きちんとその危険性を説明してあげてちょうだい? 名前ちゃん、理由が分からないとめそめそし始めるわよ」
「泣き虫だよなぁ、あいつ……てか、分からないと泣くって子供だなぁ」
「自分の為に泣いたら嬉しいくせに、よく言うわねぇ」
「おれそこまで性悪に見える?」
そう言いながら、レオは寝っ転がっていたソファから勢いよく起き上がった。おそらく、向かう先は名前の自室。
夫婦喧嘩は、なんとやら。早く仲直りしてほしいわぁ、なんて思いながら、嵐は無言でひらひらと手を振って見送るだけにとどめた。
*
「……レオ怒ってた」
レオのくれた可愛いライオンのぬいぐるみを抱きしめる。昼間、どうしてレオがあんなに怒ったのか分からなくて泣いていると、泉がひっそりと理由を教えてくれたのだ。
……零さんと泊まりに行ったら危ないよ、って。零さんは私が好きだから、レオがいない隙を狙って……えと、その……セ……うん、まぁそんな感じだ。
零さんが私を好きなのは知ってる。10年前くらいから知ってるんだ、だってずっと誘ってくれてたんだから。
でも、さすがにお仕事の時にそこまでするとは思わないんだけど、これも私の考えがお子様なだけ?
……うーん、やっぱり分からない。
「わかんないけど、それならちゃんと説明してよ」
ライオンに向かって、ちょっと拗ねたように言う。つぶらな瞳は私と同じ黒色で、ちょっとだけ親近感が湧かなくもない。
「私、レオよりずっと子供なんだから……、一緒に大人になれなくて悔しいけど、認めるしかないよ。私、人の殺し方や騙し方なら千も二千も思い付くのに、人と仲直りする方法、ぜんぜん知らない……」
じわじわとまた涙が出てきた。隠すように、小さいライオンのおなかにそっと顔を近づける。
「……ごめんなさいって言ったら、ほんとに許してくれるのかな……」
レオ、とつぶやく。
この可愛いライオンをくれた、私のだいすきな人。
お願い、嫌わないで。どうすればいいのか分かんないよ。
「……ごめんね、レオ……」
ほろほろと涙が零れ落ちたけど、気にせずレオのくれたぬいぐるみにキスする。やっぱり、ぬいぐるみじゃなくて、きちんとレオとキスしたい。もう私とはしたくないかな。
ベッドに再び体を落とす。今日、ずっとお昼から泣いてばっかりで疲れた。……ぬいぐるみで練習したから、起きたらちゃんと、レオに言いに行けるよね。
**
「……おれの幼馴染、可愛すぎるだろ……」
――実は扉の前にレオがいて、拙い名前の謝罪に悶えていたとは、まだ名前は知らなかったりするけれど。