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初級魔法

「え、何だイこのぬいぐるみ……」

夏目は、そう呟いた。

ぽふん、と夏目の胸に当たって跳ね返り、今は彼の手のひらの上にちょこんと座っている小さなぬいぐるみ。手作り感あふれるのは、おそらく真顔でこれを投げてきた彼女の作品だからだ。

「試作品です」
「……ええと、つまりアイドルのグッズってことかナ」
「はい。先ほど斎宮先輩にちょっと見てもらって、修正したバージョンといいますか」
「ふうん……」

転校生は相変わらず何を考えているか分からない。だからこそ面白くもあるのだが。

いや……しかし今回は分からないから面白い、でスルーもできない。

「……これ、名前ねえさんだよネ?」

黒いフェルトで髪の部分を表現してあり、つぶらな瞳も黒。二頭身の可愛いサイズに変貌を遂げたとはいえ、多分名前である……と夏目の推測が及ぶ程度には似ていた。

転校生は特に慌てた様子もなく、こくりと頷いて肯定した。

「アイドルの皆さんは、ちょっと髪形が個性的な人が多くて難しいので……最初は先輩で作ってみようかなって。女の子の方が、比較的可愛く作りやすいから、初心者向け……」
「ああ、なるほどネ? いや、ボクが聞きたいのはそこじゃなくて」
「じゃなくて?」
「なんで、ボクにこれをくれるノ?」

手作りの人形をプレゼントしてもらうほど親しくした覚えもないし、それは彼方も同じだろう。彼女は何でもないようにさらりと回答を告げた。

「その場に居たから、ってのもありますけど」
「うん」
「多分、逆先くんは悪用しないかなって……」
「悪用って」

思わず素で呟いてしまった。いや……なるほど、確かに。ぬいぐるみとはいえ名前だ。悪用してしまうであろう先輩の顔がちらほら。というか転校生は、何を考えているのだ。

「まぁいいだろウ。ご期待に沿って、大事に扱わせてもらうヨ」
「ありがとうございます」

にこり、良い笑顔で転校生は廊下の向こうへと去っていった。

「……いやいや、どうするノこれ……」

……転校生が去った後、夏目は物静かに一人ツッコんだ。

「すごい可愛いけド……さすがのボクも男子高校生として、人形を持ってる姿は見られたくない……というか場合によっては、これボクが名前ねえさんの人形を手作りしちゃった痛いやつに見えちゃうよネ……?」

いくら飄々としたキャラが売りと自負していても、さすがにその誤解を招いて飄々としていられる自信がない。

……手元にある人形をどうしようか悩んで、とりあえず夏目は、白衣の右ポケットに手を突っ込んだ。要らない諸々のモノを左ポケットにつっこんで、空いた右ポケットに『彼女』をこっそり忍ばせることにした。



秘密の部屋に、ふらりと入り込む。
眠たい。とにかく、眠い……午後の授業に出るんじゃなかった、と今さら後悔しても遅いが。

「昨日、夜の収録に行ったのが敗因だネ……ふわぁ……」

占いだからって雰囲気の出る夜にばかり収録をされるのも敵わない。まぁ、こればかりは夏目の一存でどうにかなることでもないが。

とりあえず、六時ごろまで仮眠しようか。
そう思ってベッドに倒れ込むと、右ポケットに違和感が。

「あっ! 名前ねえさんが……」

ごろん、と仰向けに寝がえりを打ち、右ポケットに手を突っ込む。昼間もらった、小さな名前の人形が、夏目に抗議するようにじっとこちらを見つめている。

「……ふふ、可愛いナ……ごめんネねえさん、うっかり潰しちゃうところだったヨ」

そう呟いて、彼はぬいぐるみを自分の顔の横にそっと横たえた。もはやテーブルまで運ぶ気力さえないほど眠い。

「ふぁ……」

気だるげな欠伸が一つ、部屋に溶けた。眠気はすぐに彼を襲い、まどろむ意識の中、横たわる人形をぼんやり眺めていた。



――というのが、確かに一時間前ほどの記憶だ。
夏目の横に居たのは、確かにぬいぐるみ、のはず、なのに……

「な、なんで名前ねえさんがいるノ!?」
「んぅ……? あ、なつめくん……おはよう」
「Good Night……って言わなきゃダメかな、こんな状況でもサ」

ふとんをもぞもぞと引き寄せて眠り続けようとする名前の頬をぺちぺちと叩いて起こすと、彼女はぼんやりと夏目を見上げてくる。

「どうかしたの?」
「こっちの台詞だヨ! なんでここで寝てるノ」
「……あぁ!」

名前は今やっと頭が働いてきたようで、夏目の質問に対してニッコリといたずらっ子のように笑った。

「夏目くんが、私の人形を置いて寝てたから」
「ちょ、ちょっと、勘違いしないでほしいんだけド、あれは貰い物で……」
「うんうん、あんずちゃんに貰ったんでしょ? 知ってるよ!」
「あ、そう……ならいいけド。で、続きは?」

ちょっと恥ずかしいのか、夏目がやや急かし気味に名前へ言う。名前は後ろ手に手をまわし、ひょっこりと例の人形を胸元に掲げた。

「人形から本物に変わったら、魔法みたいで面白いかなって思って?」
「バカなの? バカだよネ、名前ねえさん?」
「ひどい!」
「ひどくないヨ……ほら」

とん、と夏目の手が名前の肩を押した。ぽすん、と呆気なくベッドのスプリングが跳ね、シーツの上に髪が広がる。

「……夏目くん?」

きょとんとしたまま見上げてくるので、更に追い打ちをかけるように覆いかぶさってみると、名前は不思議そうな顔で夏目を見た。

「なに、その間抜け面はサ?」
「間抜け面って……だって、いきなりどうしたのかなって」
「うん? ああ……だから、ねえさんの不用心さを叱ってるノ。……こうやって男のベッドの上に上がると、大変な目に遭っちゃうかもしれないよ」

目元をすっと猫のように細め、一層名前と顔を近づけ、囁くように夏目が言った。かぁ、とその白い頬が染まる……と予想していたのだけれど。

「えいっ」
「おわっ!?」

いきなり首に腕を回され、思いっきり引き寄せられる。訳の分からないまま、夏目は名前のすぐ隣に顔を伏せる羽目になった。何をするノ、と文句を言おうと顔を上げたけれど、思った以上に名前の顔が近くなって、ぱちりと夏目が目を瞬かせた。

「……大変な目に遭ってもいいよ」
「……は?」
「夏目くんになら……なんて言ったら、怒る?」

悪戯めいた声色で、表情は余りにも純粋な微笑みを浮かべていて。

顔に熱が集まるのを感じながら、そう簡単に魔法にかかってくれない先輩に「怒らないけど」と彼らしからぬなぁなぁな返事を返すこと以外できない自分を、夏目はちょっと恥ずかしく思っていた。