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恨むべきか褒めるべきか

「あ? 吸血鬼ヤロ〜、今日はずいぶん早い帰りじゃねえか」
「うむ、そうなのじゃよ。我輩これからデートじゃからのう、ちょっと本気出して仕事を終わらせた感じじゃ」
「ははーん? デートってことはあれか、名前ちゃんか。うらやましいねぇ、可愛い彼女がいて」
「薫くんも早く良い人を見つけるが吉じゃのう。いつまでもふらふらしておるわけにもいくまいて」
「何、朔間さんは俺の母さんか何か? まったく、さっさと出ていってよね〜」

薫の嫌味も、今の零には効いていないらしい。足取りも軽く、薫の言葉通りさっさと『UNDEAD』に割り当てられた部屋を出ていった。残る三人はというと、空いたリーダーの席を見ながら肩をすくめていた。

「ほーんと、朔間さんってある意味恐ろしいよね」
「そうだな。一体何年『あの女』を追いかけまわしていたのだったか……それで本当に恋人になれるのだから、少し感動する」
「何が感動だよ。ほとんどストーカーじゃねえか」
「あはは、朔間さんの『デッドマンズ』に入れてほしくてストーカーやってた大神くんに言われたら、おしまいだよねぇ」
「ストーカーじゃねえよ! 正当に入団手続き出しに行ってただけだ!」
「まぁまぁ、落ち着け大神」

薫の冗談に食って掛かる晃牙を、アドニスが宥める。大体これがいつもの構図だ。

「誰であっても、朔間先輩の執念深さには負けるから、安心していいと思う」
「いや、俺は別に吸血鬼ヤロ〜と、ストーカーとして競い合ってるんじゃねえんだけど……」
「まぁ大神くんはともかくさぁ、朔間さんでしょ。名前ちゃんが『Knights』の奴らに囲われたって聞いたときは、さすがにもう諦めるんだろうなーと思ったけど、ぜんぜん逆だったし」
「むしろ本気で、名前を落としにかかったよなぁ、アイツ……」
「名前先輩、あれで男慣れしてないみたいだったな」
「あんなごり押しで落とせちゃうなら、俺も最初から本気出しときゃよかった〜! ああもう、完全に失敗したよねぇ」

薫のよこしまな発言は、聞かなかったことにしてやろう。後輩二人はそう思った。……零にバレたら大変なことになりそうなので。



「……薫くんは後でお説教じゃな」

まったく目が笑っていない零がポツリとつぶやいた。その耳元には小さなイヤホンがついており、おそらくは盗聴器か何かと繋がっているのだろう。自分の事務所にまでそんなものを置いて、用意周到な……と名前は思ったけれど、彼はほかの【Thief】リーダーたちよりも一段上の立場だ。身の回りの情報管理は徹底させる必要があるのかもしれない。

とはいえ。

「零さん……構って?」
「おお、ちょっと待っておくれ愛し子よ。悪い子の薫くんに当てるのに相応しい案件を探しておる最中でな。とりあえず単独任務を探しておるのじゃが、ほとんど月永くんに取られておるのう」
「レオは基本的に一人で遊ぶタイプだからね」
「なるほどのう。しかし全部取ってはならぬと今度伝えておいておくれ。ほかの者の成長にも悪いのでな、例えば薫くんとか薫くんとか」
「薫くん、いったい零さんに何をしたっていうの……」
「どちらかというと、名前にしようとしたことじゃがな」
「?」

零の言っていることが、名前には偶によくわからない。たぶん、分からせる気がないから、そういう風に発言するのだろうけど。

でも恋人のことが理解できないのは、割と寂しくもある。現に零は、ずーっとiPhoneを見つめるばかり。面白くなさげに、名前は彼を見つめていた。

「れいさーん」
「よしよし……♪」
「もう、子供扱いしないでっ」
「あと二分、いい子で待っておくれ」

名前が頬を膨らませた。その動作こそ子供っぽかったが、零の恋人たる彼女は、そこまで初心な少女ではない。

「やだ、待てない」
「これ、名前や……ん、ん」

名前が零の膝の上に座り、唇に音を立ててキスをした。柔らかい唇がふにふにと零の唇を食み、子猫のようで愛らしい。が、零のiPhoneをいつの間にか奪った右手と、誘うように零の下腹を優しく撫でる左手が、ちっとも子猫の純粋さを持ち合わせていなかった。

最初は困ったような顔をしていた零だったが、我儘で少し淫靡な恋人に我慢がきかなくなったらしい。片手を名前の後頭部に添え、子供のようなキスをする彼女の唇を強引に割った。悪戯する分には強気な態度だったが、されるのには慣れていないらしい名前は、すぐに戸惑って腰が引ける。ので、もう片方の手で腰を抑えるところまで、零の予定通りだった。

「ふ、……ぅう、んっ」

みるみるうちに涙の膜を張って、零に「ごめんなさい」と訴え、中止を促す名前。「ダメ」と答える代わりに、上あごの辺りを舌で擦ってやると、名前の体がびくびくと震えた。ほろりと落ちた涙が、ひどく美しい。もっと嬲りたいと思うのは、己が魔物の頭領であるからか、それとも、単純に名前に惚れ込んた男であるせいか。

「……くっくっく、もう降参かえ?」
「ふっ、うう……だって、零さんがぁ」
「ああ、悪かったのう。子供に意地悪してはならんのに」
「……そうだよ。恋愛歴のない子供に、意地悪しないで」

ぐすぐすと涙をこらえるような顔をする名前に、どうしようもなく心臓が収縮する自分も、まるでティーンズのようで少々情けないが、零はそんなことを悟らせるそぶりも見せない。彼女の言う通り、そこは歴史の違いがモノを言ってくる。

「零さんが私のこと好きって言ったのに……」
「うむ。そうじゃな、十年くらい勧誘したあげく、こっぴどいフラれ方をしたがのう。諦めずにいてよかったぞい」
「そうだよっ! 私が『犯罪コンサルタント』してた頃からずっと、零さんが私に『俺のとこに来い』ってずーっと誘ってたのに、おかしいな……」
「? 何がおかしいのじゃ?」

零が不思議そうに尋ねると、名前は首を傾げて不満そうに言った。

「恋は惚れたほうが負けって言うのに、なんで私、零さんに意地悪ばっかりされてるの? もっと構ってほしいし、もっと触ってほしいの、に……!?」

名前が最後まで言葉を言い切ることは叶わず、代わりにソファがきしむ音が割り込んできた。ソファに投げ出された上半身に目を白黒させている名前の上に、零が覆いかぶさってくるので、彼女は「!?」と心底驚いたような顔をした。

「零さん……?」
「……心配せずとも、おぬしのほうが勝っておるのじゃが?」
「ほ、ほんと? じゃ、じゃあね、もう意地悪しないで……ひゃっ!?」
「すまんのう。意地悪はもうせぬよ、代わりに沢山構ってやろう……♪」
「あ、あっ、ちょっと……や、えっちしたいわけじゃ……」
「おぬしの言葉選びはちと凶悪に過ぎるのでな。歴史がなければ分からぬのも致し方あるまい。我輩が全部教えてやろうのう? ――何年もお預けを食らった男の前で、触れと口にすることが、どういうことか……」

……零のその重たすぎる言葉に、名前は今まで零を袖にし続けた自分を恨むべきか、ここまで零を惚れこませた自分を褒めればいいのか、分からなくなってきた。

ので、とりあえず、この腹をすかせた吸血鬼に優しくしてもらえますように……と十字架を切ることにした。