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月が燃え立つとき


名前が『Knights』につかない。
という事象は、予測はしていたけれど、いざ現実になると相当に堪えた。

王さまが自分たちのことを腑抜けと思ってる以上、何の言葉をかけたって無駄。それを彼女もよく理解していて、だから王さまが自らの納得いく戦いを演出するためにも、『いつものように』彼のそばにいることを選択したのだろう。

――とわかっているのに、相も変わらず嫉妬心がうずく自分が情けない。

【DDD】でだいぶ懲りたはずだったのに。兄に嫉妬して、考えうる限り最低最悪の悪手を打った……でも、名前は許してくれた。だから、今度こそは騎士らしく、堂々と守りたいと思ったのに。

いざ実際に難題が起きたら、またいやな感情に心がふさがれる。
こんな状態で安眠なんかできやしない、と思いながら狭い倉庫の中で寝がえりを打つ。扉一枚隔てた先では、司と転校生が懸命にレッスンを重ねていた。

「――お兄さまたちや、名前おねえさまに愛想を尽かされない程度に……。せめて手のかからない末っ子として、皆さんの傍にいたいです。これから先も、私は『Knights』として。まだ名前お姉さまは、帰ってきてくれる余地があるのだと、証明したいのです。凛月先輩のためにも」

耳にはっきりと入り込んできた、司の言葉。

証明。
――名前が帰ってくるという証を。
彼女は正真正銘、王さまでも誰でもなく、俺の守るべき人という証を、立てたい。

今はまだ、守ることさえ許されないのなら……取り返すまでだ。

「うんうん。ス〜ちゃんは、がんばり屋さんだねぇ……♪」
「なっ……凛月先輩、いつからそこに!?」
「俺はいつでも、どこにでもいるけど〜……」

いるけど、出てこないだけだ。だから、今このライトの下に立とうと思ったのは、まぎれもなく司の言葉のおかげ。それ相応の返礼は、自分も成そうと思う。

そして奏でよう、証となるアンサンブルを。



「あの時の凛月くんは、中々に珍しい顔をしていたよね」

ダージリンの香りが、ゆらゆらとテーブルの周りで漂っていた。もちろん茶葉はセカンドフラッシュ――夏摘みだから、その香り高さ、高級感も一味違う……という紅茶のうんちくを並べる役目は英智に任せるべきなので割愛。凛月は一足飛びに、切り込もう。

「あの時って、この前の内輪揉め?」
「【ジャッジメント】と呼んであげなよ。月永くんもたいそう楽しんでいたし、僕も楽しかったよ」
「そりゃ、お客さんのエッちゃんは楽しかっただろうけどねぇ」
「ふふ……不満そうだね。けれど僕は、あの戦いに参加できて良かったと心から思っているよ。前々からしたいと思っていたのだけど、ついに初めて名前と肩を並べて戦えた。月永くんとまで共闘なんて、夢にも思っていなかったくらい。そして何より、我が部員の雄姿まで見れた」

にこにこ、その笑顔は常と変わらないはずなのだが、どうにも今の凛月には居心地が悪いものに感じられた。それを悟っているのか、英智はますます楽しそうに言葉を続ける。

「面倒くさがりで、情熱とは程遠い、月のような君だけれど――あの時ばかりは全然違ったよね。斜陽に照らされて灰になっても構わないとばかりに、本気で歌い踊り、剣を僕に向かって振りかざしていたよ。ああでもその実、見ていたのは敵たる僕じゃなかったかな」
「俺が黙って聞いてるからって、調子乗らないでよね〜……?」
「ふふ。いやだよ、最後まで言わせてほしいなぁ。いいじゃないか、カムランの丘で剣を振って、それで『王』に刺殺されて終了なら可哀そうだったけれど、君たちは無事勝てた。あの時の君は、僕も月永くんも見ていなくて、ただ――恋人を探していただろう?」
「…………だったら、何なの」
「彼女が舞台袖にはいないと知った君は、輝くステージの上、暗い観客席の中、守るべき人を探して熱を燃やしていた。あの時君は、名前を見つけられたのかな」
「……教えない」
「あはは、凛月くんのそういう顔も、初めて見たなぁ」

英智の笑い声が一段と弾ける。顔の火照りを冷ますため、自らはダージリンではなく、アールグレイを呷った。アイスティーの冷たさが、「図星すぎて恥ずかしいからもう喋るな」と言いだしそうな喉を諫めてくれる。

ようやく落ち着いた気がして、凛月はさあ今からこの無礼な皇帝をどうしてくれようかと脳裏で考えていたところだったのだが、思わぬ妨害が入った。

「英智、凛月いない?」

ひょっこりと、話題の中心が顔を見せてくれたのだ。こんな時に限って。

「おや。ようこそ女王陛下、僕らの楽しいお茶会へ」
「女王ってのはやめてって言ってるでしょ……恥ずかしいし。って、凛月! やっぱりここにいたのね」
「んなっ……名前」
「どうしたの?」

やけに目が泳いでるけど、とばっちり指摘される。ああ、普段だらけて眠たげな様子でいると、こういう時にすぐばれてしまう。やっぱり体質を改善したい……と今この一瞬だけは切に願った。

英智はいかにも楽しそうで、今にもあることないこと名前に言い出しそうだった。それだけは避けたくて、凛月は席を立った。

「行こう、名前」
「え?」
「レッスンでしょ。ほら早く」
「あっ、え? レッスンなんて約束……」
「いいから、ほら」

若干無理やり感が否めない立ち去り方に、また英智がおかしそうに笑ったのを背中で感じる。名前の手を取ってガーデンテラスから離れていくと、ようやく少し落ち着いた。

「どしたの、凛月。今日はレッスンじゃなくて、二人で帰ろうって約束だったよね?」
「うん。ちょっとエッちゃんから避難しただけ」
「英智から? ふふ、何を言われたの?」
「別に〜。ただ、……」

つないだ手を見る。
白くて、やわらかくて、凛月より一回り小さい手。
あの暗闇の中、それでもこの手が凛月に向けて振られたのを――ちゃんと見た。あの時、不覚にも泣きだしそうになったのは永遠に秘密。

今だって、思い出すだけで胸の奥が熱くなる。いつから自分は、こんなに感情の振れ幅が激しい男になったのか。

「凛月」
「なに?」
「ぼーっとしてたから、呼んだの」
「……ねぇ、もう一回呼んで」
「え? 凛月?」
「うん。……これからも、いやになるほど呼んでほしいなって、思ってたとこ」
「凛月の名前を?」
「……ごめん、やっぱり今のナシ」
「顔真っ赤だよ」
「わかってるって……」

自分でも何を言ってるんだと思ったところだ。恥ずかしすぎる、いつから自分はこんなにロマンチストになったのだ。感情の振れ幅とかロマンチストとか、ほんとに自分の知らぬ間に、誰かさんに塗り替えられた気分がする。

それをいやと一概に言えないあたりが、すっごくすっごく、名前にベタ惚れしちゃってるみたいで、恥ずかしくもあり、誇りでもあるのがまた、何とも言えない。

「凛月の名前がいやになるなんてないけど、心配しなくてもずっと呼ぶよ」
「どうも」
「そっけないなぁ」
「こんな顔してる俺に、そっけないとか言う……?」
「顔赤いときは恥ずかしいから見るなって凛月がよく言ってるから、今見てないよ」
「名前に分かられてる時点で、恥ずかしいのはいっしょなんだけど」
「ふふ」

余裕の名前にイラっとする。自分だけ一方的に照れているようで、男の矜持に関わる気もしてきた。

ので、つないだ手はそのままに。
空いた手で、彼女の顔をとらえてしまおう。そして実力行使、名前にも顔を赤くしてもらう。

なんて、騎士団の軍師らしくもあり、青臭い青年のような発想を胸の内に秘め、凛月は守るべきものの唇を奪うことに決めた。

もう二度と奪われぬよう、全部自分が貰ってしまいたい。