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シスター・コンプレックス

「あのねぇ、いずみおにいちゃん」
「うん、なにかなぁ?」
「レオくんはスティッチがすきなんだけどね、でもね、なまえはティガーのほうがすきなの!」
「ちょっとなるくん、なんでスティッチのアニメ借りてきたわけぇ? なまえちゃんはプーさん見たいって言ってるじゃん」
「仕方ないじゃない、王さまがスティッチなら間違いないって言ったのよぉ?」
「わははー☆ なまえがセナにこれ以上なつくと、なんかムカつくから騙しちゃった! ごめんなセナ!」
「はぁぁ? このバカ殿、ふざけないでよねぇ?」
「あ! だめ、いずみおにいちゃん! 王さまも! おこっちゃだめ、なかよくして!」
「あっはははは、だからおれはレオくんなんだけどなー?」
「ああごめんねぇ、なまえちゃんは仲良しできて偉いね〜?」

「…………何なのですか、この光景は」

一周回って冷静になってしまった司が、一言。

状況を確認しよう。
司はつい数分前まで、あわやレッスンに遅刻するのではと焦りながら廊下を走っていた。で、残り一分のところでスタジオにたどり着き、安堵のため息をつきながら扉を開いた。

すると待っていたのは、練習着に身を包まず、制服姿のまま、幼子と戯れる先輩たちだった。

と書いてもやっぱり意味が分からない。でも、もっとも意味が分からないのは、泉が始終気持ち悪いほど上機嫌で構い倒しているその女の子だ。

「あらあら、司ちゃん遅かったわねぇ」
「はい、すみません。少々遅刻気味で……って! そんなことを言っている場合ですか、鳴上先輩!? あ、あの女の子は一体どこから攫ってきたのです!?」
「失礼しちゃうわね、攫ってないわよ。というか、どちらかというと保護したのよぉ? 夏目ちゃんが、名前ちゃんに変なお薬を飲ませるから、あーんなにかわいい赤ちゃんになっちゃった」
「んなっ!? ま、まさかあの子は名前先輩なのですか!?」

司の知る名前は、高校三年生であって、三歳ではないのだが。

現在、泉に抱っこされながらテレビ画面に映る青い生き物(スティッチと言うらしい)を見つめる、ふにふにとしたかわいい赤ちゃん……赤ちゃんよりはちょっと年が上だろうか。とにかく、ふわふわの黒い髪を、青い生き物の動きに合わせて揺らす子供がいた。

「失礼しますが、瀬名先輩。その赤ちゃんは」
「ん? ああかさくん、いつの間に来てたわけぇ?」
「だいぶ前からですが……」

泉はテレビ画面にも司にも目もくれず、赤ちゃんのほうをガン見していたから仕方ないのかもしれないが。説明を求めるような視線を向けると、泉は面倒くさそうな顔をした。

「悪いんだけど、後にしてもらえる〜? いま、なまえちゃんがアニメ見てるんだからさ」
「ですから、そのなまえちゃんとは誰なのです!? まさかとは思いますが、名前先輩だとでも!?」
「そうだぞ、スオ〜! これは正真正銘、おれの幼馴染の名前だ!」

相変わらずの高笑いで割り込んできたのは、レオだった。そんな馬鹿な、とばかりにレオと名前(仮)へ視線を交互に向ける司に、アニメに夢中だった赤ちゃんがようやく気付いた。びく、と肩を跳ねさせた司に、赤ちゃんはきょとんとしている。

「おにいちゃん、だれ〜?」
「わ、私は朱桜司と申しますが……」
「??」
「おいおいスオ〜、それじゃわかんないだろ! なー、なまえ? こいつは、司お兄ちゃんだぞー?」
「王さまも、おなまえ知らないよ?」
「だからおれはレオくんだってば」

そういうと、レオは泉の腕からなまえを取り上げ、高い高いのように持ち上げた。その顔を見上げると、やはり彼らの言う通り、幼い子供は名前そっくりの顔立ちをしている。

「レオくんは、なまえといっしょだもん。5さいだよ?」
「レオくんは今、18歳なんだよ! わかるかなまえ?」
「ちがうよ〜? レオくんはルカちゃんのお兄ちゃんだけど、王さまみたいに大きくないもん」

にこにこ、きゃっきゃ。
そんな表現がぴったりの笑顔だ。子供はみな一様に愛らしい。理屈も理論もぶっ飛ばして、「もう説明とかいらないのでは無いだろうか」と思ってしまいたくなる。

「ちょっとお! 王さま、早くなまえちゃん返してよねぇ!」
「おわっ!? セナにおれのなまえを盗られたー!」
「違うよぉ、俺のかわいい妹なの! ねぇなまえちゃん?」
「いずみお兄ちゃんすきー!」

どうやらなまえは、レオくん(偽)と思っている王さまよりも、泉のほうが好きらしい。泉に抱っこされると、餅のようにやわらかそうなほっぺを、泉の頬にくっつけて抱きついていた。

「最っ高……! なまえちゃんは、神様がくれた俺の妹だよぉ……♪」

いつものあのツンデレはどこに消えてしまったのか。見る影もないほどのデレデレ加減に、司は顔をひきつらせた。兄妹というには見た目も正反対なので、完全に危ない人にしか見えない。
ーーもちろん、瀬名先輩が。

「ええと……ともあれ、名前先輩は幼女になってしまったと……そういうことですか? 鳴上先輩」
「そういうことねぇ。でも大丈夫、解毒剤を作ってるって夏目ちゃんが言ってたから。午後6時頃に渡しに来るそうよぉ」
「なるほど……ひとまず安心ですね」
「あらあら。司ちゃんは、妹よりお姉ちゃんのほうが好きなのかしらねぇ」
「そういうわけでは。名前先輩……いえ、なまえちゃんは可愛らしいのですが、三年生の方々が張り付いているので、ろくに会話ができません」
「確かにねぇ……」

嵐が苦笑した。司より早くからこの部屋にいた彼は、もっと面白い光景をたくさん見たのかもしれない。

「そういえば、凛月先輩はどちらへ?」
「あっちの隅で寝てるわよ」
「こんな時でも、凛月先輩は相変わらずですね。少し安心します」

部屋の隅、寝床で布団にくるまっている凛月。噂をすれば、という形なのだろうか、もぞもぞと凛月が動いた。起きてしまったのだろうか……?

「……んん、ちょっと、なまえ〜……お兄ちゃん、寒いんだけど……」
「りちゅお兄ちゃんがよんでる!」
「あっ、なまえちゃん!?」

泉の腕からするりと抜けだし、なまえがとてとてと凛月の元まで走って行った。布団のそばまで来ると、凛月は眠たげに目を少し開く。

「お兄ちゃん、寒いんだけど」
「りちゅお兄ちゃん、さむいの?」
「うん。あ〜……だから、お布団入って?」
「いいよ!」
「おいで〜……」

凛月がなまえの胴体をつかむと、布団の中にすっぽりと入れてしまった。そのまま睡眠を再開しようとする凛月に、司もさすがにストップをかけた。

「凛月先輩、いくら子供とはいえ、Ladyを寝床に入れるのは」
「え〜……? いいじゃん、合意のもとだし……?」
「く〜ま〜く〜ん〜?」
「うげっ……出た、シスコン……」
「なまえちゃん返してよねぇ。湯たんぽなら持参してくれば良いでしょ〜?」
「子供体温があったかくて、離れられない〜」

ぎゅうぎゅうとなまえを抱きしめて、凛月は子供のようにいやだと首を振った。なまえは凛月の拘束を嫌がらず、むしろ凛月の眠気に誘われたように、うとうとと船をこぎ始めた。

「あ……ほら、なまえはお昼寝の時間だよねぇ……。いま二時だしさぁ、幼稚園生はお昼寝の時間……♪」
「高校生はお昼寝しなくていいんですけどぉ!? てか退いて、お昼寝しなきゃダメなら俺とすれば良いんだから!」
「うげー……どうして兄ってこんなにしつこい生き物なのかな……? なまえもいやだよねぇ、こんなにべたべたしてくるお兄ちゃん……」
「すー……すー……」

高校生の争いなど、幼稚園生には関係なかったらしい。

可愛らしい小さな寝息を立てるなまえに、みな顔が綻んだ。騒ぎ立ててはならないと目で合図をお互いに送りあう『Knights』の面々は、騎士というより保父だった。

「かわいいわねぇ、なまえちゃん」
「ええ、ほんとうに……」
「そうだわ、司ちゃんまだなまえちゃんのほっぺ触ってないでしょ? 触ってみなさいよ〜♪」
「えっ、ですが寝ているのに……」
「平気平気。ほら、やさしくつんつんしてみて……もちもちで気持ちいいわよ〜?」
「そ、そこまで仰るのなら……」

嵐に言われ、司は恐る恐る、人差し指だけで幼子の頬に触れる。ふに、と形容するのがぴったりな、心地よい感触がして、司はお菓子を食べたときのように目を輝かせる。

「ーーMarvelous……!」
「ふふ、でしょ。かわいい……」
「……んー」
「「!」」

なまえが声をあげたので、司と嵐は起こしたかと思ってびっくりしたが、なまえは目を開かない。寝言か、と二人そろって息をついた……が、さらに続きがあったようで。

「あらし、おにーちゃん……、つかさ、おにーちゃ……あそんでー……ふふ」

……この後夏目が来るまで、めちゃくちゃお兄ちゃんした。