こじつけ
20200118


 オレのマスターには悪癖がある。
「ロビン、例えば私が急に記憶喪失になったとしてさ」
 また始まった、と軽く呆れながらポットで茶を沸かしていると、彼女は聞こえていないと思ったのかもう一度同じ言葉を繰り返した。
「ね、私が記憶喪失になったとして」
「聞いてますよ」
「そしたらどうする? ロビン」
 突拍子もない未来を思い描いてはたびたびオレに意見を求めるこの癖を、かわいらしいと思うときもある。
「どうするって言われてもな……なってみなきゃわからないというか」
「なってみる前に想像するのがロビンの仕事でしょ」
 そんな職に就いた覚えはないが、わがマスターがそう言うのなら仕方ない。オレは思わせぶりに一つ首をひねり、彼女の言葉の意味を考える。
「まあ、首のあたりを軽く叩いてみますかね」
「壊れたテレビじゃないんだから」
 もう少しロマンチックな答えを求めていたのか、彼女はつまらなそうな顔をしてオレのいれた紅茶を口にした。困ったお嬢さんだが、こういう素直な仕草だってまあわりかしかわいいとは思う。
「想像力が豊かなのはけっこうですがね、そういう能力は実践の中で活かしてもらいたいもんだ」
 戦闘センスがないわけじゃないし、魔術師としての能力も低くはない。けれどどうにも夢見がちなこのマスターは今目の前で起こっていることよりも、もしもの妄想でお忙しいらしいのだ。
「じゃあロビンは想像しないの? あんなことやそんなこと」
「……男の想像力っちゅうもんを舐めんほうがいいですよ」
 前のめりにこちらを覗く彼女の首筋を、オレも覗く。あれやこれやと未来を思い描くとき、彼女はきまって深刻そうな表情の中に少しの恍惚を浮かべている。この密閉された施設の中で唯一、無制限に許されているのがこの数かぎりない例え話なのだろう。脳内で完結する分にはリソースを食うこともないし体力だってそう使わない。妄想は人類が産み出した最高の娯楽だ。けれど──。
「例えばの話はやめだ。これから起こることの話をしましょうや」
 オレはそう告げてティーカップを少しずらす。
「それって確実に起こること?」
「そう、確実に」
 確かなことなどそう多くない。彼女はオレのマスターで、オレは彼女のしがない守護者だ。彼女は暇をもてあまし、オレはそれに応えたい。ならばその先は言うまでもない。
 もしもの話は他の世界線に丸投げし、今目の前にいる彼女に触れるのだ。慎重に、そして確実に。

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