世界の尺度
20181030


「森ではどう眠ったの」
 明かりを消したカルデアの個室は、のっぺりと薄暗く視線の置き場にまよう。壁も天井も白すぎるのだ。闇が満遍なく張りついて部屋の立体感をあいまいにしている。夜の森とは対極の無機質さに、どうにも息がつまりそう尋ねた。
「森か」
 ロビンフッドは寝言のような響きで相槌をうつと、閉じていた目を一度開き、また伏せる。眠いのだろうか。それとも何かを思い出しているのか。
「森と比べればここは天国ですよ。やわらかなベッド、清潔な枕、行き届いた空調管理……雨もなければ獣もいない」
「それはそうだけど」
「文句つけるのは贅沢ってもんだ」
 彼の声はとても静かだ。夜に大声を出さないのは生前からの習慣だろうか。言われていることの意味はわかるし、納得もできる。けれど私の呼吸はますます重たくなって、反対に心臓はせわしなく打った。白く暗いこの部屋はつがいを乗せた箱舟だ。一歩足を踏み出せば、世界の終わりに飲まれてしまう。
「とまあ、オレは思いますけど」
 彼は少し慌てたように付け足すと、布団の裾から腕を出して私の上に乗せた。まるで子を寝かしつける母親だ。
「アンタには違うか」
「……生き残れたのは奇跡だってわかってる」
 有能な魔術師が根こそぎ死んで、私のような研究員が日々資源を食いつぶしている。罪悪感など抱きたくはないが、すっぱりと割り切れるほど強くもない。
「人はどこまで贅沢になれるんだろうね」
 奇跡にすら文句をつける自分の傲慢さが滑稽だった。
「アンタのそれは最低限ですよ。さっきのは失言だ。ここが天国なら、誰も苦労はしないわな」
 そう言って天井を見たロビンフッドの目が、ゆっくりと細められ、また閉じる。目尻の優しい青年だ。この男の素顔を知る者は少ないのだという。
「たしかに森が恋しいな」
 彼はやはり静かに言った。奇跡が重なりすぎて、少し苦しい。

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