0214


『探さないでください』
 この世で一番あまのじゃくといえるメッセージを残して消えたのは、付き合いの長いある女だった。"別れよっか"は繋ぎとめて、"一人にして"は追いかけて、"もういい"はちっともよくない。とかく人は色恋が絡むと逆のことばかりを言いたがる。
 けれど彼女にそのような面倒臭さはなく、面白ければ笑い辛ければ泣く、直流回路のごとき明快さを持っていると思っていた。面倒な人間を観察することは大好きだが、生活の中にはある種のスマートさがなければうんざりするという俺の勝手な性格を、彼女はよく知っている。その上で探すなというのだから、これは裏も表もないのだろう。
 俺は一度部屋を見回して、机に乗ったこの書き置き以外に変化がないかを確認すると、手元のスマートフォンをタップした。探せの意なら意地でも探さないが、本当に探すなというならなんとしてでも見つけ出すのが情報屋というものだろう。そもそも単純明解な彼女と一緒にいるのは、俺自身がこのようにあまのじゃくを極めているからなのだ。
『雪降ってる!』
 俺に知られていないと思っているらしい、彼女の鍵付きのツイッターアカウントは最後にそのような呟きを残している。時刻は今日の十六時。二時間前だ。
『こっちも降ってる!東京積もってます〜?』
 千葉県在住の女子大生として日々彼女と交流を深めている俺は、何気ないリプライを送りながら家を出た。東から寒気が来ているためか、東京以西にまだ雪は降っていない。神奈川にある勤め先ではなく、大方都内のどこかにいるのだろう。
『雨になって溶けちゃいました〜寒くてスマホうまく打てない』
 数分後にきたリプライは案の定、彼女が俺と同じ空の下にいることを示していた。屋外にいるのかしきりに寒い寒いと呟いている。思い当たる候補はいくつかあったが、どれもが決定打に欠ける。
 そもそもなぜ彼女が今日という日に一人になりたがっているのか、その予測も曖昧だった。いらない記憶は捨てるタイプだが、どうやら捨てた中に答えがあるらしい。俺はどうにか頭の中のトラッシュボックスをあさり返し、一年前の今日に彼女が言っていたことを思い出す。待ち合わせの約束を半日すっぽかし、LINE一つでキャンセルをした去年のバレンタインデーだ。
『臨也は、私がきゅうに消息をたっても一月くらいきづかないね』
『まさか。さすがに一週間あれば気付くよ』
『一日でちゃんときづいてよ』
 そういえばあの日も雪が散らついていた。手がかじかんでうまく打てないという言葉を最後にメッセージのやりとりは終わり、用意していたチョコは自分で食べたと後日聞かされた。あの時彼女はどこで待っていたのだったか。アプリのログを見返せばわかるが、なんとなくそんな気にもなれず、俺は当てずっぽうで老舗デパートの入り口へと向かう。
「遅いよ」
「……探すなって言ったの君だろ」
「探して欲しくない人が、書き置きなんてするわけないでしょ」
 彼女はこんなに面倒臭い人間だっただろうか。悲しければ悲しい、辛ければ辛いとてらいなく言う奴だと思っていたが。
「そんなに傷付いてたわけ。去年」
「うん、すごく」
「言うのに一年かかるほど?」
「そう」
 彼女の直流回路はどうやらたまに断線するらしい。これからは一応そんなことも念頭に置いておこうと思う。人間は思っているほど単純じゃないと改めて知り、俺の心に浮かぶのは喜びと興奮、そして大いなる愛おしさだった。これは誰に対しても同じだ。きっと、同じなのだと思う。
「手、赤。なんで手袋しないの」
「スマホいじりたいから」
「ツイッター? 現代病だね」
「臨也が遅いからでしょ」
 彼女の指が画面を滑る。
「……でもまあ、千葉から来たにしては早いか」
 青い鳥が予想外のことを呟いている。喜びというには心地の悪いものが胸にうずまき、俺は一つため息をついた。

2018_02_14


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