さいごにのこる
20181118
性別がなければどうか。かの人形兵器のように。どちらでも有ればどうか。かの竜騎士のように。そうすれば、私の心はもう少し穏やかであっただろう。
「本当に大丈夫なの?」
「問題はありません」
セイバーは浅く頷いて、欠けた甲冑のふちを撫でた。奥で乱れる青い布地は、普段彼女の着ている柔らかなブラウスとそう変わらないものだ。優雅で高貴で、清く脆い。
「マスター。今の私は王である前に騎士です。そしてあなたは、私の友人である前に一人の魔術師でしょう」
違うよセイバー。普通の人間はそこまで立場にこだわらない。個を超えた役割なんて背負わずに生きるんだよ。
そう言おうとして、私は口をつぐんだ。彼女にとって侮辱ともなり得る言葉を飲み込んだ代わりに、口からこぼれたのはため息だった。立場のために生まれ、役割のために死んだ彼女の人生を否定することはできない。
「アルトリア」
傷を負った彼女の肩に手をそえる。細く、温かく、華奢な骨と肉の内に厖大なエネルギーを秘めていることがうかがえる。
「マスターをやめても、魔術師でなくなっても、私はあなたが大事だよ」
「……」
「最後に残るものを信じてほしい」
やめられないことがあるとしたら、それは役割でなく心だ。
「優しいのですね、マスター」
セイバーは凛とした目のふちをわずかに緩ませて、笑う。指先の細さには見覚えがあった。私と同じかたちをしている。私たちは少女で、どうしようもなく少女同士で、同じ高さの目線も、互いの肌の薄さも、あまりにも身近なものだった。このまま共に生きられればと、思わずにはいられないほど。
「私は嬉しいのです。皆に尽くされる王の立場であらねばならなかった。けれど、今の私は自らの意思であなたに尽くす騎士です」
「でもセイバー。サーヴァントはマスターを選べない」
「ええ。だから嬉しいのです」
彼女はやはり静かに笑んでいた。小さくて丸い頬がほんのりと色づいている。強いられた運命すら、自らの意思と受け止めることのできる彼女の強さがこわかった。
「こわいんだよ。この先あなたが──」
「マスター」
「失望してしまうんじゃないかって」
「自らへの失望ならし尽くしました。世界への失望も。結局それらは……同じことなのです。あのカムランの丘の光景は、世界であり私自身なのだから」
剣と屍に覆われたそれは過去の出来事であると共に、終わらない彼女の心象風景だろう。
この人は強い。きっと強すぎたのだ。そしてやはり高潔な彼女はわかっていない。私がこわいのは私が失望されることだ。世界なんてどうでもいい。どうでもいいと、思ってほしい。
「わかった。行こう」
「ありがとう、マスター。あなたのおかげで、私は安心して役目を遂げられる」
そう言ったセイバーの目は、言葉のわりに寂しげだった。さよならが近づいている。