いい加減慣れぬか、と窘めるような声がして、意識が引き戻される。あれから彼はたびたび私を抱いたけれど、強すぎる刺激に慣れることはなく私はいつも溺れたようにぐったりと虚脱した。通りの良くなった魔術回路は、抵抗感こそなくなったもののその分たっぷりの快楽となって私を満たす。日ごと私の体を把握する王様は、抜け目なく弱点をあぶりだし、攻めるのだ。
「や、あ……!」
「そう悦ぶな。息をせぬとまた気をやるぞ」
彼との行為はまるで雌雄を知らしめるための勝負のようだ。私は毎回完膚なきまでに叩きのめされ、屈服させられる。彼はたいてい背後から私を抱くため、どんな表情をしているのかは見えないけれど、逃げようとする腰を掴み覆いかぶさるときの顔は想像がつく。きっと高揚感と冷徹さの混じり合った、恐ろしい目をしている。
そもそも今日は疲れていたし、明日も早いから何もせず寝ようと思っていたのだ。彼だって、なにも毎晩私を抱くわけではない。ただ小腹が空いたとでもいうように、霊基の調子がすぐれないときや、私の外出が続いたとき、はたまたなんとなく虫の居所が悪いときなどに私の体に手を伸ばす。寄り添って眠るときとは明らかに違う手つきを脚や腰に感じると、それだけで私の体は反応を示してしまう。
それにしても今日はずいぶんと強引だった。仕事から帰り、まだ着替えも済んでいない私に背後から迫ると、彼は目だけで私を黙らせて机へと押し付けた。突然のことに驚いて振り返ろうとするものの、要領良く体をほぐされて息ばかり乱れた。抱くと宣言するときはまだいい。こんな風に無言で行為を進めるときは何がどうあっても逆らえないのだ。
怒っているのだろうかと怖くなるが、きっとそうではない。私がびくつくのを見て愉しんでいるふしがある。王様はろくに服も脱がさずに私の中に指を挿しこむと、嫌になるほど的確に動かし、準備を整えさせた。
「一度死んでおくか」
物騒な言葉どおり、あっという間に追いやられ腰が震える。くずれそうになる体を支えながら、彼は達したばかりのそこに自らを押し入れた。
「ん、なかなか具合がよい。そのまま締めておけ」
動くごとに声を漏らす私の反応が楽しいのか、好き勝手に弄ばれ意識が飛びそうになる。ぽろぽろと涙が頬を伝う感触がして、視界が滲んでいく。
「指を噛むな」
自分だって噛みつく癖に、私が自ら噛むことは許せないらしい。彼は私を机から引きずり下ろすと、珍しく正面から膝に乗せ、落ち着くようにとなだめた。背を引き寄せられ、胸と胸が密着する。顔の横に王様の吐息を感じ、恋人のような距離感にほっと力が抜ける。安心した体は深くなった繋がりを素直に受け入れ、王様をきゅうきゅうと愛でた。
「ふ、単純な体だな。正面から愛されると拒めんのか?」
「ん……あ、王さま」
「今まで、よほど甘やかされてきたと見える」
そのまま絆すようなキスをされ、髪を撫でられる。いつもとは違う無理のない愛撫に体はどんどん溶けていく。王様も気持ちがいいのか、私が首元にしがみついて力むと、息をわずかに乱した。
「大概にせよ、名前」
こんなときに限って名前で呼ぶのだ。不意打ちのそれに心身は完全に陥落してしまう。恥ずかしいくらいに体が脈打ち、顔を上げていられなくなる。それほどの反応は王様も予想外だったのか、なぜか少しばつの悪そうな顔をしてから、彼はもう一度耳元に口を寄せた。今度は確信をもって、甘く囁く。
王様の口から発せられる自分の名前は、何か高貴なまじないのようで思考が鈍っていく。思えばいつもろくな呼び方をされていない。彼が私の名前を口にする。たったそれだけで特別な気持ちになるなんて、なんだか狡い。ゆるく動く腰につられ、体は震え、頭の奥は白んでいく。
*
そのように連戦連敗を喫する中、世話を焼かないと言っていた王様が手料理を作ってくれたり、寝ているあいだに風呂を溜めてくれたりと、何気ない親切が少しずつ増えていた。まるで自分の持ち物が壊れないためのメンテナンスをしているようだと思ったが、彼なりに気を遣ってくれているのならもはやなんでもよかった。
「貴様は脆いからな」
「王様が乱暴なんですよ」
「組み敷くからには完膚なきまで征服したくなるのが、王の性というもの」
「……でもたまに、優しいじゃないですか」
乱雑にすることも多いが、最近では私の安心できる体位をとってくれることもある。そんなときはつい心まで許してしまうのだが、彼も少しは、体以外のものを求めてくれているのだろうか。
「いつもああならいいのに」
「たまに優しくするとな、貴様の体が驚くほどよい反応を示すゆえ、それがおかしくてな。なんとまあ他愛ないことかと」
嘲るような物言いに、うっかりときめきかけていた心がすんと冷める。
「どれ、今夜ははじめから優しくしてやろうか? 貴様は名を呼ばれるのが好きであったな」
「今日は疲れているのでいいです」
こちらに伸びる手を避けながら、リビングへと迂回する。テレビの電源をつけながら、いつも王様が座っているクッションに寄りかかれば、王様はふんと鼻を鳴らした。
「それに、そんな施しみたいな優しさはいりません」
「可愛げのない。それだから貴様は駄目なのだ」
いつも具体的に欠点をあげつらう王様にしては、ずいぶん漠然とした駄目出しである。言っている途中でどうでもよくなったのかもしれない。
「王様みたいな男相手に、可愛げを発揮する女なんかいませんよ! いやでも、そっか、王様か……」
「なんだ」
「いいえ、王様は人との慈しみ合いのようなものを、よく知らないのかもと思って」
「何を勝手に同情しておる……叩き斬るぞ」
古代における王という冠は、きっと私が思う以上のものだ。好色の王がいくら好き勝手をした所で拒む者はいなかったのだろう。けれどそれは合意や愛情とはまた別のものだ。
「王がいちいち伽の相手を慈しんでなどいたら国が傾くわ」
「でも今は王じゃないんだから」
「何を申すか、我が王でない瞬間などはない。我は万象を統べる王。この世界が在る限り、王も自ずとそこに在るのだ」
彼には神の血が入っているのだという。未来が視えると聞いたこともある。私には理解が及ばないが、存在や視点の違いなどに今さら怯んでも仕方がない。風呂上がりにビールを飲んでテレビ相手に文句を言うこの男を、私は私なりに解釈していくしかないのだ。
「よくわからないけれど、べつに私のこと、慈しんでもいいんですよ」
「……呆れるほどあつかましい女だな貴様は。貴様など慈しむくらいならそこらの野良犬でも愛でるわ」
「可愛げがないのは王様の方じゃないですか!」
「なんだと? 我は可愛げも愛嬌もほしいままにしているわ。愛でよ」
「ぜんっぜん可愛くないです。まだうちの市のぜんぜん可愛くないゆるキャラの方が可愛い」
「あのようなデタラメなデザインの生き物と我を比べるな!」
王様は目を尖らせてしきりに怒っているが、よく見るとたしかに愛嬌があるな、なんて思ってしまう。やはり私の感覚は彼の魔力により異常をきたしているのだ。この横暴極まる万象の王とやらが可愛く見えるなんて、他に理由が考えられないではないか。