星の餞別
番外-2

「なかなかあんたも、槍の軌跡ってもんをわかってきたじゃねえか」
 真紅のそれをくるりと回しながら、私のサーヴァントは口端を上げた。
 日増しに彼との連携がとれていくのは私にもわかる。彼と契約を結んでからひと月。魔力のパスは問題なく作動し、戦闘訓練もだいぶ様になってきた。
 もっともカルデアにおいて、サーヴァントたちはみな受肉済みであるため、基本的には各々が食や睡眠により魔力を自給できているらしい。そのようなシステムがより一層英霊と人との境を曖昧にするのだが、慣れてしまえば自分のサーヴァントを身近な同輩の様に思える環境は、とても心地のいいものであった。気さくでてらいのない彼の性格も、私にとっては有難い。
「うん。ランサーの癖みたいなものも、ちょっとずつわかってきた」
「癖たあ、言うねえ。年端もいかぬ嬢ちゃんに見抜かれてたら俺が師匠にどやされちまう」
 ぐしゃりと髪を乱されて視界が揺れる。彼は大きな手のひらで私の頭を揺さぶると「じゃ、次いくか」と構え直した。
 シミュレータシステムとはいえ、大部分は実在の敵を模したものだ。気を抜けばサーヴァントは怪我をするし、魔力だって無駄になる。出現した獣人の攻撃に対応しながら指示を出すこと数分──なんとかかんとか捌き終え、息を吐いた。
「おっと、すぐに次が来るぜ」
 間隔の短い連戦に驚きながらも顔を上げる。しかし、そこに見えたものがあまりに身に覚えのあるものと重なってしまい、私の心は一瞬怯んだ。
「どうしたマスター!」
「あ……大丈夫」
 独特の起動音を鳴らし近づくそれはまさに人形だ。エネミーの一覧にはたしかにオートマタというものがあった。デザインや仕組みなどはもちろん新宿のそれとは異なる。けれど私は自分が思っている以上に、機械人形というものにトラウマを抱えていた様だ。
「ぼやっとするんじゃねえ!」
「ごめん」
 ゆらゆらと向かってくる人形を、ランサーの一突きが両断する。我に返った私は慌てて彼に駆け寄るが、すでに次のエネミーが現れていることに気づき息を飲んだ。
「ちょっとペース、早くねえか」
 それに本来、この部屋の敵はマスターに対して攻撃を仕掛けないはずだ。けれど次々出現するオートマタは、かまわず私に向かってくる。なんとかランサーがいなすものの、いつのまにやらぐるりと取り囲まれていた。
「誤作動か?」
「……かもしれない」
「上等だ!」
 好戦的な槍使いは意気揚々としているが、私にとってはトラウマの再臨だ。室内にエラー音が鳴り響きエネミーが消去されていくその一瞬、槍の間をすりぬけた一体の腕が目前に迫り、頭が真っ白になる。私は無意識に、腰の剣へと手を伸ばしていた。
 人形の首がとび、離れた場所へ落ちるのが見える。「おお」と感嘆するランサーの声が聞こえた。
『すまない、原因不明のエラーが発生した。早急に退室してくれ』
「いや、しばらくこのままでいくぜ」
『マスターへの照準が外せていない。危険だから退出を──』
 訓練の中止を呼びかける音声を無視して、ランサーは不安定に出現しては消える敵へ向かっていく。エネミーの種類が人形から獣人へと戻ったことは幸いだった。仕方なしに、背中合わせで剣を振るい魔力を送る。

「守り刀か、飾りみてえなもんだと思ってたが、使えるのか?」
 システムが強制ダウンされ、戦闘モードが解除されてようやく、呑気に聞いてきたランサーは無茶をしたというのに悪びれることなく笑っている。気さくで頼りがいのあるお兄さんだと、油断をしていた自分が甘かった。彼もまた血の気の多い蛮勇の類に違いないのだ。
「誰に習った」
「ええと、アドバイスなどはとある方に少し……でもほとんどは我流で」
「だろうなあ。ありゃ剣術というよりただの実践術だ。まあ、だからこそ驚いてるんだが」
 慌てる技術スタッフたちに促され、シミュレータルームを後にしてからも彼は私の剣技に興味津々だった。
「マスター、あんたには少数精鋭のコンパクトな編成が合ってるんだろうな。俺を含めて二人……マスターを予備戦力に入れて、多くても三人がベターだ」
「カルデア推奨の、三掛ける二編成は私には重たすぎるってこと?」
「ああ。魔力も支持力も人並み。だがマスターがいざってときの戦力になるのはありがたい。防衛術とその剣がありゃ、俺との二人でも悪くねえと思うぜ」
 そう言われてみると、たしかにパーティー制の戦闘よりも少数のサーヴァントとの密な連携の方が自分には向いている気がしてくる。近頃していなかった接近戦の鍛錬も、また始めた方がいいのかもしれない。と、剣を握ったところで「それよりまずは」とランサーの手が伸びた。
「医務室だな」
 彼の指が顔に触れてはじめて、口の端を切っていることに気づく。ぺろりと舐めると血の味がした。「俺がいながらすまねえな」と彼は謝ったけれど、先ほどの熱弁から彼が私との関係を親身に考えてくれていることが伝わり、胸が温かくなった。一人でないということはこんなにも温かい。以前にも感じたことだ。私は彼とこの場所で、なんとかやっていけそうだ。安堵して、息を吐く。



「シミュレータシステムの誤作動は、これまでも何度かあったらしいぜ」
 思わぬアクシデントから一日の休養をもらった私に、ランサーはわざわざ大仰な見舞いセットを持ってきた。
「怪我っていっても、打ち身だけだよ。自室療養だし」
「そう思ったけど、ダヴィンチが持ってけとさ」
 受けとった果物カゴをサイドテーブルに置きながら、礼を言う。普段、訓練塔や共同スペースでしか会わないランサーがマイルームにいることがなんだか照れくさい。荒々しく槍で軌跡をえがく蛮勇が、こうしてTシャツなどを着ているとやはりそこらの兄ちゃんにしか見えなくて、それもおかしかった。
「ありがとランサー」
「おう。まあしっかり休んで魔力を溜め込んでくれや。明日からはあんたの鍛錬もしなきゃならねえからな」
 彼は剣術にも一角の素養があるらしい。私のこの中途半端な技術に、伝説の武人自ら稽古を付けてくれるとなれば願ったり叶ったりだ。
「あとなぁ、俺には一応クー・フーリンつう名前があるんだけど」
 カゴの林檎を勝手にかじりながら、彼は首を傾げている。
「いつまでクラス名で呼ぶつもりだ?」
「えっと……嫌? なんとなく、ランサーってとっさの時でも呼びやすくて、いいんだけど」
 真名を知らないわけではない。彼は初めから隠さなかったし、一度聞けば忘れない偉人の銘だ。
「それに、私のランサーはあなただけだから」
 紛らわしくもないかなあって。何の気なしにそう言ってから、馴れ馴れしかったかと不安になる。けれど彼はうーんと首をひねった後「ま、いーか」と頷いた。私は槍の具現化であるようなこの男を、ランサーと呼ぶことを気に入っていた。この先、彼以外のランサーと懇意になる機会があれば、その時にまた考えればいい。
「それで話を戻すけどよ」
 芯だけ残して綺麗に林檎を食べ終えると、彼はベッドへ掛けてそう言った。
「うん?」
「あの誤作動、あそこまでじゃないにしろ予兆みたいなもんはあったらしい」
「ああ……」
 自分たちを囲うオートマタの無機質な目を思い出し、私はまた寒気をもよおす。同時にちょうどひと月前、管制塔の廊下でちらりと耳にした会話を思い出した。あのとき確かに、彼らはシミュレータシステムについての話をしていた。
「カルデアのシステム誤作動って、珍しいことなのかな」
「聞く分には二度目らしい。その時は電脳空間まで元凶を叩きに行ったみたいだから、今回も覚悟した方がいいかもな」
 話をするランサーは心なしかうきうきしているように見える。まさかとは思うが、立候補などをするつもりじゃなかろうなと不安になった私は、布団から身を乗り出して彼の顔を覗く。
「あのねランサー、たしかに実践の経験は大事かもしれないけど」
「何かあの人形に嫌な思い出でもあるのか? マスター」
「……」
「やっぱりな。そういうもんは、早いうちに乗り越えておかないといつかあんたの傷になるぜ。心臓に届くほどのな」
 それはそうなのかもしれない。あのとき一瞬足がすくみ、体が萎縮した。マスターの私が無力化するということはサーヴァントを危険にさらすことでもある。自分を庇い傷を負うサーヴァントの姿を、私はもう見たくない。腹から流れる大量の血を思い出し、思わず目を閉じた。
「互いに色んな過去があるだろうさ。だが今は、俺を信用してもらう他ねえ」
「……信用してるよ。ランサーのこと」
「そうかい。じゃあ俺を見な」
 顔を上げ彼の目を見る。王様と似ているようで違う、濃い紅をしている。未来や世界のどこかでなく、今のみを強く見つめる目だ。彼のことを信じられる。今はこうして別の出来事や人物ばかりが頭によぎってしまうけれど、私が喚んだ私の英霊だ。互いに信じて戦ってゆける。
「その不安げな目が、あと少しばかり鋭くなればいいんだけどな」
「わかってる。がんばるよ、私」
「そうしてくれ。俺あ気の強い女が好みなんでね」
 再び頭を掴まれて、わしわしと掻き混ぜられる。子供をあやすようなぞんざいで優しい手つきだ。ほっとしたら力が抜け、昨夜からいっこうに訪れなかった睡魔がじわじわと寄ってきた。恐ろしい夢を見ることが怖くて、目を閉じることができなかったのだ。強く大きなものが自分の側にいてくれる安心感を、以前にもすえた社の板間で感じたことを思い出す。そうしてまた、あの人と比べてばかりいる自分に気づき、首を振った。
「あんだよ」
「ううん」
 自分の頬っぺたをぱちりと挟み気合を入れる。王様はもう私など見ていない。気にかけることもなく言葉を交わすこともないのだと、あれだけはっきり言われたじゃないか。それなのにどうしてこうまで囚われてしまうのか。何か呪いのようなものをかけられているのかもしれない。
 急に挙動不審になった私を見てランサーは訝しんでいる。切り替えよう、けじめをつけようと私なりに決意をした瞬間に、悪魔のようなタイミングでそれを打ち砕く人物を私はよく知っているし、だからこそ、呪いのようにいつまでも抜け出せないのだ。
「雑種、自室に狗を連れこむとは何事だ?」
 ノックもなしに部屋へ踏み入ってきたのはまぎれもなく、金色の王である。
 昨日のエネミー騒動にも負けず劣らず驚いた私は、満ち始めていた眠気がまたさっと引いていくのを感じた。
 つづく 2017.12.12



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