星の餞別-12
 叙事詩は語る。かの古代隆盛都市ですら、いつかは滅びゆく運命だと。

 宙はゆっくりと割れ、地も壁も赤く染まっていた。
「天を見よ! 貴様らの世界を壊した者は今、自滅の道を往かんとしている!」
 皆が一様に彼を見上げ、まるで神話の一幕のようなその瞬間に、我が身を陶酔させている。今このとき私たちは名も知らぬ王の臣下となり、最後の砦である小さな街の一角を守るのだ。
「だがそれとして──貴様らが最後まで抗いたいと言うならばその意気やよし。存分に己が腕で抗ってみせよ」
 王の激励は続く。
「そこな小娘は、無力な貴様らを護ろうと、これまで憐れなまでに尊い闘いに身を投じてきた。今こそ恩を返すがよい。その女に続け! 無為なる闘いと言うならばせめて、勝利をして終えよ!」
 王が空へ腕を翳す。人々は剣を引き抜いて、絶えることなく立ち込め続ける影へと向かい勇んだ。私もまた剣を振り上げ、その声に応える。
 私の存在を塗り替えると、はじめに彼は言った。
 これではまるで物語の主役のようだ。ほころび一つない出来すぎた高揚感に満たされて、私が助けた人たちと、私を助けた人たちに囲まれ剣を振るう。
 うねる影、崩れる壁、迫る星──そこはまさしく世界の終わりの真ん中だった。
 どこを見ても怪我人だらけだ。倒れている者も多くいる。私のしたことは正しかっただろうか。痛みも悲しみも少なくしたいと願ったけれど、結局はこのような結末を迎えてしまった。
「終わり方というのは、存外に大事なのだ」
 しとめ損ねた影の端を打ち払いながら、王様は言った。いつからそこにいたのだろう。ともに敵に向かったことはあれど、背中を合わせ戦うのは初めてのことだ。恐れ多くも彼の攻防の一端を担いながら戦う内に、完全に崩れ去った壁の向こうにもう、影すらも存在していないことに気づく。
 辺りは真っ白な光に包まれ、落ち行く星はちりじりに砕け散った。眩しくて視界がくらむ。星の欠片も燃え尽きて、王様の赤い布だけが目の端に散らつく。
「ウルクの王」
「え……?」
「人類史の祖にして基。古代メソポタミアを統べし英雄王だ」
 王様はこちらへ向き直り、真正面から私を見据えた。
「名はギルガメッシュ。貴様のその見苦しいほどの粘り強さに免じ、教えてやる」
 赤い目が私を見ている。彼の口から発せられた彼の名前は、一つの輝かしい力となって私の中へ入り込む。
「何度生まれ変わろうと忘れぬよう、その心に刻んでおけ」
 今になって、世界の終わりが無性に憎い。けれど同時に私はこの果てしないほどの謀略を企てた者に対し、わずかながら感謝をしそうになっていた。
 世界の破滅を望んだ者は果たして何者だったのか。その思惑も末路も、私にはわからない。それでいいのだ。それらは私の知るべきことではない。
「ギルガメッシュ王……どうやら、あちらの戦いも終わったようですね」
「そうだな」
 名も声も眼差しも全部、覚えていられたらどんなに良いだろう。滲む世界の先で、巨塔が空へと消えていく。
「もうじきこの世界は消えてなくなる」
「はい」
「貴様の成したことを記憶する者はいないだろう。カルデアのマスターと違い、第三者に観測すらされておらぬのだからな」
 彼は腕を組んだまま、また少し眉を歪めた。
「口惜しいか?」
「まさか……私はやりたいようにやっただけです。それに」
 首を傾け、彼を見返す。
「覚えていてくれる人は、ここにいますから」
「……最期まで、思い上がった娘よな」
 王様の指先が頬に触れ、なんだか安心したからか体の力がおかしなほど抜けてしまった。せっかくこうして向き合えたのだから、この手で宝剣を返さなければ。腕を上げ、彼の方へ差し出さなければいけない。そう思っても、もう私の指先は空気に溶けて消えていた。視界が霞み、金色の髪がだんだんと見えなくなる。
 最期にどんな顔をしていたのだろう。私も彼も、きっと笑っていた。満足できる。そう思っていたとおりだ。
 ただ少し、いや、とても──。
2017.11.12



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