大団円



 再び眠り込んだ名前をおいてイルミは部屋を出た。
 目的地へ向けようとした脚を引き止めたのは、よく知ったオーラだ。最近じゃいつになく頻繁に邂逅している。今回はまあ、予想の範囲内だっだ。

「ヒソカ、俺今少し急いでるから」
「殺りに行くのかい?」
「うん」
「ボクも混ぜてよ」
「……」
「仕事じゃないんだろ?」

 暗殺者の友人が、仕事以外の殺しをするのは珍しいとヒソカは思った。彼は自分と違い、人の殺生の基準に興奮や愉悦でなく、損得や理屈を置いている。ドライなのだ。しかし今から向かうのは依頼された標的の元ではなく、おそらく依頼人の方だろう。二流の殺し屋ばかり雇っている、彼女の敵。

「タダ働きなんて珍しいじゃないか」
「彼女に頼まれたわけじゃないから、タダ働きではないよ」
「そういうのは、ボクの役目だと思うんだけどね」

 屁理屈だな、という響きで言ったヒソカに、イルミは振り返り少し嫌そうな顔をする。何か思うところがあるのかもしれない。しかしすぐに背を向け、とっとと歩き出した。ヒソカは後を着いていく。

「抱いたの?」
「抱いてないよ」
「そうなの?」
「ただちょっと我慢できなくなって、手は出したけど」
「それなのに抱いてないの?」
「うん。抱いてないよ」
「……やっぱりキミってボクより変態かもね」
「失礼だな。自分の身体機能や生理現象をコントロール出来ないような育てられ方はしてないだけだよ」
「そういうところがさ」

 ヒソカはこの友人といると、自分のまともな部分を知ることが多かった。自分の性格を考えると、驚くべきことだ。少し間合いを詰めて聞いてみる。

「……抜いてあげようか?」
「殺すよ?」

 言葉通りの殺気を向けられ、言った本人の方がたまらない気持ちになっているのだから、やはりどちらも大概である。

「そういうことでさ、もう名前には手を出さないでよ」

 イルミは殺気を完全に消す前にそう言った。何がそういうことなのか、という説明はなかったので、ヒソカは聞いた。

「恋をしてるのかい?」
「恋?」

 イルミは立ち止まり顎に指を添える。ヒソカは横に並びその様を見た。夜明け間近の街の端で、恋について考え込む暗殺者は友人の贔屓目抜きに美しいと思った。

「思うんだけど、恋っていうのは互いの出会いに必然を感じることじゃないかな。運命や、奇跡のような大袈裟なものを」
「大体はそうだろうね」
「じゃあ違う。偶然だよ。俺が名前を殺す依頼を受けたのも偶然だし、殺さなかったのも偶然。キルのことを話したのも、街で会ったのも、なんだかんだ親しくなったのも全部偶然だ。そこに意味なんてない」

 ただ、と言葉を区切り、彼は続ける。

「今まで俺の人生になかったことが偶然続き、俺は彼女に少しの愛着を持った。それがこの先どれくらい膨れるか、もしくは消えてなくなるかは俺にも解らない」
「……でもさ、愛なんてそもそも偶然の積み重ねなんじゃない?家族でもない限り」
「家族でもない限り」

 繰り返し、彼は頷く。

「そうだね。俺は名前と出会ったことを必然だなんて思わないけど、その偶然の確率をかなり貴重なものだとは思うよ。だって今、誰かにやりたくないもの、名前を」

 そういうわけだから手を出すなよ、と今度は声に出さず、イルミは隣を見た。ヒソカは珍しく呆れたような顔をして、ため息を吐く。

「それさ、ボクじゃなくて本人に言ってあげなよ」
「うん。いつかね」

 命をかけたやり取りなしにも、イルミは自分を楽しませてくれる。それはやはり驚くべきことだ。成り行きを見守る楽しみと、友人を怒らせるきっかけを同時に手に入れ、ヒソカは嬉しく思った。唯一といえる友と想い人が被ったというのに、こう前向きに捉えられるのは、彼が人と違う幸福論に生きているからだろう。

「ところで、急いでるんじゃないの」
「あ、そうだった」

 手のひらを打ち、暗殺者は音もなく屋根を蹴った。
 理屈屋でマイペース。自分のオーラ診断の精度も大したものだなと感心したヒソカが、その後を追うことはなかった。


大団円

2012.4.4
END.

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