意識が戻る。大きな目が間近に二つ並んでいる。
一度見たら忘れられない、剥製の猫のように現実味のない目だ。驚いて私も目を見開いた。
「おはよう」
イルミさんはベッドの上で私と向き合うように横になり、じっとこっちを見ていた。
「お、おはっ、ようございます」
状況を顧みるためとっさに起き上がろうしたが、下半身が水を含んだ雑巾のように重く身動きがとれない。毒。そうだ、確か筋弛緩系の毒だと言っていた。毒? そうだ、私は殺されかけていたのだ。
「君は毒が効く人間だろうから、あと半日は動けないよ」
イルミさんは肘を付いて頭をもたげながら言う。毒が効かない人間なんているのだろうか。電気は付いていないけれど部屋の壁はぼんやりと明るかった。おそらく明け方だろう。
「……目が覚めるまで、待っててくれたんですね」
「うん。暇だったし、少し心配だからね」
鍵もまだ直ってない。そう言って彼は窓をちらりと見た。よく見えないが、硝子戸は少し開かれているようだった。湿った香りの風が部屋の中へ滑り込み、火照った身体を心地よく冷やしていく。外は雨が降っているのかもしれない。
「意外?」
彼は聞いた。
「少し」
私は答える。
彼は前に、私にまるで興味がないようなことを言っていたから。しかしそもそも興味がない人間を助けたり看病したりするだろうか。彼は変わっているからするのかもしれない。
「俺は殺しは金をとるけど、それ以外のことは気分次第で好きにやるよ」
「……はい。ありがとう」
「名前が依頼してくれれば、名前を殺そうとしてる奴らを全員殺すことだって出来るけど」
「私、あまりお金持ってないんですよ」
「だろうね」
それに関しては話を広げるつもりはないようで、イルミさんは相槌を打ったきり黙った。目の前にある黒い毛先が綺麗だと思い、あまり動かせない首をゆっくりと回しそれを辿る。彼の顔に行き着いた時、忘れていたことを思い出し、しまったと思った。頭のすみに夢のように残る感覚が急にリアリティを帯び、顔が赤くなるのを止められない。
パッと視線を戻し、毛布を引き寄せようとしたところで自分の有り様に愕然とした。何故今まで気付かなかったのか、破かれたままの衣服からは胸元がこれでもかと覗いている。隠そうとする手を、彼が止めた。
「イルミ……さ、」
そのまま仰向けに返され、するりと覆い被さられる。ほとんど用をなしていないブラウスをかき分けるように剥がすと、彼は私の胸を吸った。
「んっ……!」
彼の舌は私の肌より少しだけ温度が高い。一度舐められたところはすうすうと敏感になり、触れられると声が漏れた。自由の効かない体は与えられる刺激に対してのみ、従順に震える。胸から腹へと、丹念に舌を這わされ頭がおかしくなりそうだ。
「だ、め!」
「駄目?」
「からだ、きたな……あっ」
「平気だよ、そんなの」
腰を抱え込まれ、臍の周りをやわやわと舐められる。揺れる髪の毛が脇腹をかすめてくすぐったい。時間をかけて上半身をねぶり終わると、毛先がさらさらお腹の上を滑り、唇は太股の方へ移っていった。内側にぼんやりと彼の熱を感じる。左手が傷口へ触れたかと思えば、不鮮明になっていた下半身の感覚が突然引き戻され、私は思わず叫び声を上げた。
「……あっ!……っ?」
今まで脚の付け根に刺さっていたらしい、細く鋭い針がパラリとベッドの下へ落とされる。あの時投げていたのと同じ形状の物だ。
「麻痺してたら、感度も鈍るからさ」
なんでもないように言って、彼はもう一度内腿に唇を押し付けた。鮮明になった感覚に、自分がもう随分と濡れていることに気付く。止める間もないまま、下着を脱がされそこにキスをされた。ぴちゃぴちゃと互いの体液が混ざる音にどうしようもなく背筋が震える。うかされたような声が喉からあふれては湿った息に混ざって消えていく。次々与えられる快楽と傷の痛みが一緒になって、もうわけが解らなかった。
「最後まではしないよ」
極めて落ち着いた、しかしいつもよりくぐもり熱を帯びた声が聞こえる。その言葉通り、彼は舌と指で私の絶頂を促すと満足したようにふうと息をつき、何事もなかったように再び隣に寝転がった。私は大きな呼吸を繰り返し体に留まる快感を必死に逃しながら、横の男を窺う。抱かれてないのに全身を所有されたような気分だった。
彼は視線に気付き、私の頭をよしよしと撫でる。
「心配しなくても、勃起くらいどうとでもなるから。怪我人を揺するのもあれだし」
私は彼の心と体の構造が心配になった。
心技体
2012.4.3