既視感



「イルミかい?」
「はい、すぐ来てくれるみたいです」
「へェ……」

 彼は顎に指を添えて薄く笑った。闇に溶けない色の髪が、炎のように浮いている。

「それよりキミ、血が出てるよ」

 言われなくても解っている。細いペンのような形をした矢に貫かれた、右の脚が、燃えるように熱い。流血からくる痛みと痺れで目が回り、いつの間にか視界もおぼつかなかった。戦いを日常とする彼らのような人間にとってはかすり傷のようなものかもしれないが、体に無機物が食い込んでいる感覚は私には耐えられない。
 俯くように地面に手をつくと、ヒソカは音もなく近付いて目の前に膝をついた。彼は屈んでも背が高い。月明かりが遮られ余計に目が見えなくなる。するするとスカートを捲り上げ入ってきた手に、咄嗟に顔を上げたが、めまいを助長しただけだった。

「……! まっ……て」

 ズルッと嫌な音がして反射的に体が引きつる。一息に矢が抜かれたのだろう。あまりの痛みに彼の肩にしがみついた。荒い呼吸に合わせてドクンドクンと太股が脈打ち、空いた穴から生ぬるい血が溢れていくのを感じる。痛みをおさめようと息を吐く私を嘲笑うように、傷口に指をさしこまれた。思わず上ずった悲鳴が漏れる。

「……やあァッ……め!」

 血の気が引いていく。耳鳴りがうるさいくらいに頭に響く。奥の肉を抉るようになぶられ、冷たい汗が全身をつたった。
 かと思えば突然、腰に回っていた彼の手がふっと離れる。私はその拍子に地面へ崩れ落ちた。……と思ったのだが、一瞬途切れた意識が鈍く戻ってきた時、私の背中は何か柔らかいものに支えられていた。

「物騒なもの投げないでくれよ」

 あっという間に数メートル後ろへ飛び退いたヒソカの視線を、かすむ目でたどる。地面には大きいマチ針のようなものが数本刺さっている。頭のすぐ後ろからぞくりとするような声がした。

「壊すなよ、ヒソカ」
「ああ、ていうか本当に早いね」
「ちょうど仕事が終わったとこだったからね。…なに、悪趣味な遊びにまだハマってるの」
「心外だな。それより彼女、早く止血してあげた方がいいんじゃない。大分かき出してあげたけど、弛緩作用のある毒みたいだからいつまで経っても傷締まらないよ」

 指についた血を確かめるように舐め、ヒソカは手品みたいに綺麗なハンカチを袖口から出した。毒という発想がなかった私はやはりこういうのに向いてない。手際よく巻かれていく布を見ながら、ヒソカとイルミさんの処置の温度差を目の当たりにする。というか、ヒソカのあれは手当てと言っていいものか。
 そのままイルミさんの肩に担がれ、目をつぶって脱力していると「いいかげんカギ直しなよ」と怒られた。自分の部屋に窓から入ることになるとは思わなかった。

「脚の痛覚、針で麻痺させといたから、もう寝な」

 ベッドに下ろされ、朦朧とした意識で彼の顔を見る。

「あ……ゆめと……」
「夢?」
「この前みた、ゆめと一緒」
「……ああ、夢」
「月に照らされて、髪がつやつや光って、すごくきれいで……」
「……」

 夢と違い彼は私の唇にキスをした。光る髪が頬に落ちて、それをもっと感じていたかったけれど、どうやら無理みたいだ。

「おやすみ」


既視感

2012.3.20

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