自分を殺そうとした人間に心当たりがないわけではない。私が死ぬことで得をする人達の中で、ゾルディック家なんて名門中の名門に依頼をできるような大金持ちは一人しかいなかった。
しかしその一人も死んだという。私が死ぬはずだった数分前に。病気か事故か死因は知らないが、ろくな生き方をしていなかったから、彼もまた誰かに殺されたのかもしれない。しかし『私を邪魔だと思っているそこそこの金持ち』ならまだ数名浮かぶ。つまりそんな人達が再び、私に三下の殺し屋を仕向けることなどは充分あり得るわけだ。それくらい少し考えれば解る。のだが、最近の私はそんな少しの考えさえ浮かばないくらいにバタバタしていた。大変な人を好きになったり、大変な人に好かれたりして。
夜道を走りながら、命を狙われていたのに色恋にうつつを抜かしている自分の能天気さに呆れた。しかし言い訳するわけじゃないが、命をかけて色恋に挑んでたのだからしょうがない。
脇の雑木林の中を、沿うように走る男がいるのを感じる。気配を殺す技術がないのか、怯えさせるためワザとやっているのかは解らないが、斜め後方からねっとりとした殺気を感じた。この前教えてもらったイルミさんの番号に、とっさにかけたが繋がらない。携帯を切って目線を少し落とした瞬間、右太股に激しい痛みを感じ膝を付いた。
「……っ!」
ボウガンの矢のような物が刺さっている。標的をなぶるタイプだと思った。三下に限ってそんなのが多い。漫画でいったら雑魚キャラの類だ。しかし毒づいたところで、私はそんな悪趣味の雑魚に殺されるのだ。こんなことなら、あの時イルミさんに殺されておけばよかった。超一流の、鮮やかな美しい作法で。ガサガサと灌木を越えて近付いてきた男は暗くてもわかるくらい汗をかいていて、生暖かさの伝わる荒い息をしている。疲労じゃなく、興奮からだろう。気持ちが悪い。ちっとも美しくない。
何かをぶつぶつと呟きながら、男は鎌のような刃物を私の服に引っかけた。破けていく布地に血の気が引く。肌に触れそうな刃先に、動くことができない。男の太い手が私に伸びる。笑っている。吐き気がする。舌を噛みちぎってしまおうか。そう思った瞬間、男の汗ばんだ体は物凄い勢いで林の中へと吹っ飛んでいき、消えた。わけがわからないが、まるで見えない何かに引っ張られるようにして。
ひゅうっと風が抜けるような音と、どさりと質量のある音が続き、次に林から出てきたのは息ひとつ乱れていない長身の男だった。認めたくないが、美しい。
「大丈夫かい」
「ヒソカ、さん」
「キミを狙う殺し屋を狩ってるんだけど、どれも小物で面白くないよ」
「……はあ」
いつの間にか、私には世界屈指のボディガードがついていたらしい。
「ボウガンと鎌ってのも素人臭くていただけないね」
「最初っから、見てたんですか」
「もちろん」
それならもう少し早く出てきてくれても、
「キミの怯える顔、結構好きなんだよねェ。やり方はいまいちだったけど、なかなか興奮したよ」
……そうですか。
「でも、ありがとうございます」
ため息を吐き礼を言ったところで、握ったままだった携帯が鳴った。
『もしもし、電話なに?』
「あ、はい。今、ちょっと殺されそうになって」
『……殺されそうに? でもまだ死んでないね』
「ええなんとか。ヒソカさんが助けてくれたので」
『……そこにいるの?』
「え?」
『ヒソカ』
「はい」
『そう。すぐ行く』
やはり誰が考えても、このボディガードが一番危険らしい。
確信犯
2012.3.16