相対性



 自分から彼女の元に赴くのは、殺しに行った時以来だ。
 窓の鍵は壊そうとしたらもう壊れていた。あの日から直していないのだとしたら彼女はいささか無用心である。まあ7階のこの部屋に忍び込めるのは俺のような人種だけだし、そういった人間に鍵などは無意味だから正しいといえば正しいが。それに最後に壊したのはヒソカかもしれない。
 部屋は相変わらず小綺麗だった。必要最低限の家具や調度品と、わずかな消耗品。整頓された机の端には家族とおぼしき写真が数枚ピンで止めてある。名前と名前によく似た十歳くらいの少女が並んでいる写真を数秒眺めた後、ベッドに目を移した。よく寝ている。音も気配も消しているから当然だ。壁に向かってうずくまるように眠る彼女は、傷を癒す小動物のようだった。襟足にそっと触れ髪を後ろに流す。無防備な首筋の皮膚は薄く、白い。指の形についた痣を除けば。
 彼女、どう思う?
 ヒソカの質問を思い出す。彼はこの何の変哲もない女のどこに惹かれたのだろうか。本人はとぼけていたが、跡が残る程度にしか絞めていないのがいい証拠だと思った。彼女のようにオーラを纏わないやわな人間を、殺さないよう傷付けるというのは中々難しい。あのヒソカなら尚更。彼女にその我慢と努力をする価値を見出だしているということだろう。自分にだって性欲がないわけじゃないが、彼女を抱けば彼女が俺に性欲以上のものを求めてくることくらいはわかった。それは少し困る。嫌ではないが、困るのだ。
 他の男が付けた跡に指を沿わせるよう撫でていると、さすがの違和感に名前はうっすらと目を開けた。

「ん……」

 目と目は合っているが、彼女がそれ以上覚醒する気配はない。夢と思っているのかもしれない。

「……きれい」

 俺の背後には月が昇っている。月夜は暗殺にむかない。逢瀬にはどうだろう。
 今日ここを訪ねたのは、自分も彼女に性欲を抱くか。そしてそれ以上はどうか。その二点を確かめるためだった。答えはもうわかったので、俺は彼女の頬を一度撫でる。昔、弟たちを寝かしつけていた頃を思い出し、おでこにキスをした。

「もうおやすみ」

 いつ何をするかは、また後日考えればいい。


相対性

2012.3.13

- ナノ -