「イルミさん!」
街を歩いているところを後ろから呼び止められ、振り返ると若い女が立っていた。オーラに気付かなかったのは彼女が絶をつかっているからか、と目を凝らしたが、ひとえにそれは彼女に念能力がないためのようだった。誰かの刺客ではなさそうだ。
「……誰?」
問えば、彼女は笑いながら脱力する。
「そうですよね。暗殺一家ゾルディック家のご長男が、今までの標的の顔全部覚えてたらキリがないですもんね」
自分を知ってる標的で生きている人間、と脳内メモリーを検索しかけ、すぐに気付く。それはかなり最近のことだ。
「ああ、あのつまんない上に途中で中止になった仕事の」
「そうです。なんか腹立たしいけどたぶんその記憶であってます」
「ごめん、名前忘れちゃったよ」
「言ってないですから」
顔さえ忘れていた相手に白々しく謝ると、彼女は溜め息をついた後少し怖々とした様子で俺の隣を見た。
「お友達ですか」
「キミの恋人?」
目の前の女と横にいる男が口を開いたのはほぼ同時だった。俺は総括して「違うよ」と答える。
「ひどいな。彼女とは恋人じゃないなら友達なんだろうけど、ボクとは友達じゃないならなんなのさ」
「知り合いかな」
ヒソカとの関係なんて考えたことも無かったけれど、彼との付き合いには金銭が絡むことが多いから友達ではないだろう。彼女とはおそらく知り合いでもない。なんせさっきまで忘れていたのだし。
それにしても、彼女はどうして過去自分を殺しかけた俺にすがるようにして初対面のヒソカに怯えているのだろう……という疑問は彼の舐め尽くすような視線と表情を見てすぐに解けた。言葉にすれば「見ているだけ」の行為だが、何かしらの刑罰に値するくらいの淫猥さを感じる。知人のあけすけさに今更ながら呆れた。
「ところで、よく知ってるね。俺がゾルディック家の長男だってこと」
「あんなことがあって、私もいろいろ調べたんです。イルミさんの言うとおりゾルディック家の方々は自分たちの存在を隠すことをしないので、わりかし簡単にディープな情報がわかりましたよ」
「ああ、まあそうだろうね」
そこまで話したところでようやく、彼女の部屋で自分が言ったことをいろいろと思い出した。自分が何故あの時あんなことを初対面の女に溢したのかはわからないが、あれはそれなりに価値のあるコミュニケーションだったのではないかと考える。思い出して嫌な気持ちにならないのがその証拠だ。
「呼び止めちゃってすみません。今日も、その、お仕事ですか」
「うん、まあオフといえばオフなんだけど、仕事といえば仕事かな」
そう、ヒソカとはちょうどそんな感じの関係。
「そうですか。頑張って……とは無責任に言えないけど、健闘してきてください」
「うん。まあ今日は人は殺さないけど」
わかりやすくホッとした顔をして去っていく彼女の背中に、ヒソカが聞いた。
「キミ、名前は?」
なんでお前が聞く?
再確認
2012.3.9