ワンダーフォーゲル



年のころ高校生程とおぼしき私服の少女に、綺麗な笑顔で「またね」と告げる同級生を見つけてしまった。
犯罪の匂いが、隠しきれていない。

「……相変わらず女の子たちはべらしてるの?歳考えないと、捕まるよ」

後ろから近づき名前を呼ぶと、彼はくるりと振り返りト書きのように「やあ」と言った。

「後ろ暗いところなんて何もないからね。俺は可哀想な彼女たちの保護者代わりさ。まあこっちからしたら、ただの暇潰しなんだけどね」

のうのうと言ってのける彼を蔑む気力はとうの昔になくしている。ただ、窘めるくらいはしようと思う。良識ある一人間として。

「もっとさ、健全な人間関係の中で暇を潰そうとか思わないの?せっかくの夏なのに」
「俺に世間一般で言う『友達』が少ないのは知ってるだろう」

世界中の人間を友人と言ってはばからない情報屋は、意外にも客観的事実を認識しているようだ。

「いないわけじゃないでしょ。ほら、岸谷くんとか」
「新羅と俺の二人で、どこへ遊びに行けって?」
「どこでもいいじゃん。海でも山でも谷でも川でも」
「どれを想像しても驚くほどそそらないよ。そもそも男二人で行く場所じゃない」
「向こうでナンパでもすれば?」
「海や川で首のない女を探せって?」
「……岸谷くん、たまには遊びたいとか思わないのかな。黙ってれば好青年だし、臨也と組めば結構遊べそうなのに」
「ないね。有り得ない。アイツは運び屋……セルティ以外の生物を動く異物程度にしか思ってないよ。ついでに俺も、別に行きずりの女とどうこうなりたいとは思わない。性的な意味ではね」
「変態ばっかか」
「残念ながら」

どっちもどっちの同級生たちに、大した世代に生まれてしまったものだとため息をつく。

「まあ、お互いさまじゃなきゃ友達なんてやってらんないよね」
「新羅が俺を本当の友達と思ってるかどうかは、甚だ疑問だけどね」

どういう意味だろう?隣を歩く臨也を見上げた。
岸谷くんと臨也は中学からの腐れ縁で、いろいろな問題を経ながらも今まで友人関係の続いている、互いにとって貴重な人間同士ではないのだろうか。そう聞くと、彼は首を傾けフッと息を吐いた。

「アイツは『友達のいる自分』を恋人に認めてもらうために俺と親しくなったにすぎないよ」
「……きっかけはどうあれ、絆があるならいいじゃない。だって、岸谷くんみたいな人と誰もが親しくなれるわけじゃないでしょ」
「絆、ねえ。愛する恋人の前では、糸屑に成り下がるような絆さ。実際にセルティとの関係が絡めば、アイツは俺のことなんて一瞬だって顧みないだろうね」
「そんなことない」

根拠があるわけじゃないが、自然と否定することができた。岸谷くんと話したことは数度しかないけれど、臨也と岸谷くんが話しているところなら高校時代に度々見ている。私はそこに特別なものを感じていたし、羨ましく思っていたのだ。それだというのにこの人は、唯一の友人をずっと信じられないまま、ここまで来たというのだろうか。

「そんなことないよ。確かに岸谷くんのセルティさんに対する想いは異常と言えるけど……それでも友達を平気で軽んじる人間じゃないよ。彼は異常だけど悪人じゃないし、基本的には優しい人だと思う」
「そう在らないと、セルティに嫌われるからね。結局はそこさ」
「違うよ。臨也はひねくれてる。疑わなくていいとこまで疑って、勝手に傷付いてる。バカだ」
「君が性善説に寄りすぎなのさ。バカを見るのはそっちだ」

人間関係の専門家は、いろんなことを難しく捉えすぎているようだ。研究者が陥りがちな悪循環である。ただ、馬のあう付き合いの長い人間を『友達』と呼べばいいだけなのに。私は思わず臨也の背中を叩いた。

「楽しく生きようぜ!」
「はあ?バカなの?」
「だってさあ……!」
「俺は充分楽しんでるよ。楽しむためだけに生きてると言ってもいい」

そう言う彼の顔にはいつも通りうっすらとした笑みが浮かんでいたのだが、私はなぜか無性に悔しくなり、もう一度叩こうとして、よけられた。

「やっぱり一度、キャンプでも行ってきなよ岸谷くんと!」
「意味わからないよ」

携帯が鳴り、彼はまた自分の世界へと潜っていく。深すぎて底の見えない、東京のアンダーグラウンドに。平凡な日常を捨てるのは勝手だ。でも平凡な友人まで、そう簡単に捨てられると思うなよ。

「ねえ。凄く良いこと思い付いたんだけど、聞く気ある?」
「いい予感がしないな。まあ言ってみれば?」
「岸谷くんとセルティさん、私と臨也の4人で遊びに行けば、万事解決すると思うんだけど」
「解決って……何が?」

それは愚問だ。臨也は全く納得できないという顔をしていたが、めげずにダブルデートの企画でも練ろうと思った。



2012.9.1

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