裸足で待ってる




「名前、名前!」
「ん」
「名前……!」
「な、」
「名前!」
「なにっ、なに?」

 すぐそばから必死に自分を呼ぶ声が聞こえ、慌てて目を開けると、隣に寝ていたはずの臨也が覆い被さるように私の肩を揺すっていた。

「……名前」
「ど、どうしたの」
「……いや……寝てた?」
「……寝てたよ……臨也は寝てなかったの?」
「……寝てたよ」
「……うん?」
「………ハァ」
「??……?」

 何が起きたのかわからず、臨也を見て、部屋の中を見渡す。暗い部屋、暗い色のベッド、シーツだけが白い。デジタル時計は深夜3時を示していた。特に異常は見受けられない。もう一度、臨也の顔を覗きこむ。
 彼はガクリと私の肩口に頭を乗せ、しばらく微動だにしなかった。かと思えば、もぞもぞと起き上がり崩したあぐらをかく。

「だ、大丈夫?」
「……あー」
「じゃない?」
「……平気。今すごい嫌な夢みたんだけど、覚えてないっていうか、言いたくない。なんか……ん、喉痛いかも」

 臨也は片手で顔を擦りながら、臨也にしてはよく解らないことをぶつぶつと言って、そのまま水を飲みに階下へ降りてしまった。彼の家に泊まるのは初めてではないが、こんなことは初めてだった。
 臨也だって人間なのだから、悪夢にうなされることくらいあるだろう。むしろ毎晩うなされないのだから神経が図太いと言える。罪悪感に希薄だ。そんな臨也が寝ている私を叩き起こすなんて。それも単純に怖かったというより、私の生死を確認しているようだった。彼の夢で私に何があったのか。

 少し想像していたら、悲しいような愛しいような気持ちになって胸がくっとつまった。臨也に続いて私も部屋を出る。
 壁に沿ったロフト風の階段を降りると、キッチンに立つ臨也の背中が見えた。私もグラスを手に取って、ペットボトルの水を注いでもらう。ふぅ、と一息つき寄りかかった臨也の肩は、じわりと湿っていた。

「寝汗ひどいよ」
「冷や汗だよ」
「風邪引く」
「名前こそ、下穿けば?」
「見当たらなかった」

 室内とはいえ、太股が空気にさらされ少し寒い。パジャマの裾を引っ張ってみたがコットンなので意味がなかった。

「ね、もう平気?」
「んん」
「……平気に見えないけど」

 臨也は不明瞭な返事をして冷蔵庫を閉じると、腕を組みうつむいた。

「なんか、すごいくだらない理由で名前が死んだから、そりゃないだろと思ってさ」
「……臨也があんなに焦るくらいくだらない理由ってなによ」
「言えないね」

 カリカリ梅が喉にはまって死にそうになったことはあるが、それ以上にくだらない理由だろうか。そう聞くと、さすがにもうちょっと緊張感あったかな、と返された。自分の想像力の及ばないレベルの間抜けさを、現実の恋人が持ち合わせていたことに興醒めしたのか、臨也は今までの神妙な顔を取り下げいつもの呆れ顔に戻っていた。顔色もだいぶ良くなっていて安心する。

「なんか馬鹿らしくなってきた」
「そう顔に書いてある」
「俺のシリアスを返してよ」
「知らないよ。勝手に盛り上がったんじゃない」

 臨也は汗に濡れたTシャツをぐいと脱ぎ洗濯機に放りこむと、無言で風呂場へ入っていってしまった。今さら羞恥にかられているのかもしれない。

「着替え持ってくるー?」
「いい。すぐ上行く」

 でも賭けてもいい。彼はこの後私を強く抱いて眠る。きっと痛いくらいだが、寝たふりをしていてやろうと思う。


2012.6.26

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