拐われてしまえ



ソファーの上でぐだぐだとダレている臨也に向かって、ぱちんと両手を合わせた。

「お願い!ついてきて」
「は?やだよ」

怖い番組を見てしまった。
魁!都市伝説といういかにもチープなホラー番組を小馬鹿にしながら見ていたら意外にも怖くて、一人でコンビニにも行けない。
私は池袋の首なしライダーこと、セルティ・ストゥルルソンと並んでこの手の都市伝説が大の苦手なのだ。ちなみにセルティのことは苦手じゃない。

「まだ九時だ。何も出やしないよ」
「時間の問題じゃないの。暗さが嫌なの。都会の暗闇にはノットリゲンガーっていう親指大の妖怪が潜んでて、人の影に寄生してその人の肝臓をボロボロにするの」
「何見たんだか知らないけど、そんなアホみたいな妖怪絶対いないからさっさと行けって」

ため息をついて肘かけに頭をあずけた臨也のインナーをびよびよと引っ張る。

「来てよ!臨也だって一人で待ってるの怖いでしょ?都会には留守番する子供を窓から連れ去る、窓際族っていうオッサン大の妖怪がいて」
「知らない。怖くない。うるさい。行かない」

完全に聞く耳をもたない臨也はソファーの背もたれ側に顔を向けてしまった。なんて薄情な男だ。
今度は組むように畳まれた肘を後ろから引っ張った。

「……俺疲れてるの、見てわからない?」
「わかる。よくわかる。でも臨也が疲れてるのは大抵臨也のせいじゃん」
「なにそれ」
「しなくていいようなこと、わざわざして疲れてるんだから文句言えない」
「別に文句は言ってないだろ。放っておいてくれって言ってるの」
「つれない!つめたい!他の人には鬱陶しいほど絡むくせに、彼女にはこの無関心!」
「……無関心っていうか、もうほとんど知ってるから」
「飽きたんだ」
「そうは言ってないだろ」

なんなんだ面倒臭い、という風に払いのけられ悲しくなった。
この人本当に私のこと好きなんだろうか。私以外の人間の方がよっぽど好きに見えるけど気のせいだろうか。平和島静雄の手前くらいの扱いな気がするけどどういうことだろうか。恋人なのに。納得いかない。ツンばかりか。

こうなったら、何としてでもこの男を振り向かせたい。持てる女子力を総動員してのぞもうではないか。これはもはや彼女としての威信に関わる問題だ。
私は背中にぺたりと体をくっつけ耳元に唇を寄せて、甘えるように囁いた。

「おねがい」
「……」
「ねえ、いざや」
「……」

臨也はむくりと起き上がると、冷静な目でまとわりつく私を見下ろして言う。

「お前さ、そんなんで俺がころっといくと思ってるの?」
「……憎い」
「考えが甘いんだよ。だいたい武器にするほどのもんでもない癖にさ。女で訴えかけるならもうちょっと色気とか身につけたら?」

ぶちぶちダメ出しをしながらも、立ち上がりコートを羽織るこの男が私の彼氏だ。文句はない。



2012.4.22
わりとこういうのに弱い臨也

- ナノ -