しゅうまつ




「こら臨也、くわえ箸しない」
「うんうん」

 食事中に仕事用の携帯にメールがきたので、ふむふむとタッチパネルを触っていると名前に怒られた。
 箸を皿の上に置き用件に目を通す。大した内容じゃなかったので、そのままポケットにしまい食卓に目を戻した。俺の好きな若鶏の照り焼き。とても健全で、模範的な照り焼きがそこにある。
 なんとなく座りが悪く感じて、立ち上がりキッチンの冷蔵庫を開けた。缶ビールを手に取り席に戻る。

「名前も飲む?」
「ん、いいや」
「そう」

 グラスを用意するのが面倒臭かったので、プルトップに指をかけ缶のまま口に含んだ。照り焼きにビールはよく合う。アルミの匂いを吸い込むように、口を開く。

「……今週末、どっか行く?」
「え?」
「久しぶりに暇だし。最近ろくに遊んでないなと思って」
「んー……そうだね。でもごめん、私土曜日はちょっと用事あって」
「そうなの?」
「うん、友達の結婚式なんだ。……小綺麗にしてかなきゃな。美容院行くべきかな?」
「どうだろうね」

 週末暇なことなんてあまりないため、一泊旅行でもしたらどうだろうとか勝手に思っていた俺としては、少し気が削がれ適当に返事をした。名前は特に気にすることなく髪に指を入れ重さを確かめている。どうせ結ぶんだろうしどっちでも変わらないと思ったが、怒られそうなので言わなかった。
 友達の結婚式、か。
 頭の中で反芻する。浮かれているし、きっと仲のいい同年代の友達だろう。俺と名前は同い年だし、年齢的にそんなことも増えてくる頃だ。女なら尚更。

 名前のことは好きだ。好きだし、もちろん別れる予定があって付き合っているわけじゃないが、どこかの段階で解放してやらなきゃいけないとは思っている。ただ時間が経つほどにそんな気は失せて、考えることから逃げているのが今の状況だ。
 俺は生き方を変えるつもりはない。結婚する気も子供をつくる気も今のところない。あまり素直とは言えない俺たち二人が付き合うまでには一悶着二悶着あったが、それでも手に入った時は軽く泣けるくらいに嬉しかったし、自分でも人を大切に想えるものだと感動したりもした。
 そのうえで、やはり俺は生き方を変えるつもりはない。病気と言われればそうなのだろう。非日常を求め、非日常に慣れ、それを繰り返し少しずつ戻れない場所へと向かっている。より強い刺激を求める麻薬患者のように。そろそろと足を踏み出せばたちまち泥濘にはまるため、進む時は躊躇いなく踏み入ると決めている。この一年でも機会は何度かあった。自分から作りもした。もちろん全て逃さず飛び込んだ。進度は思っていたより早い。悦ぶべきことだろう。名前という存在さえなければ。

 元いた場所に引き返したいと思ったことはないし、こちら側こそが自分のいるべき場所なのだと、本能的に解っている。この平和ボケした国で平和に生きたいと思えるほど、俺は落ち着いた人間ではなかった。生まれ持った嗜好の難儀さに、虚しくなることも無いとは言えないが、圧倒的な高揚感の前にそんな感傷はちっぽけなものだった。望み出せばきりがない。個人的な好奇心に身をまかせ世間を引っ掻き回し、飽きたら全てを冷めた目で見下したい。もっともっと、最低なことをしたい。
 そんな自分のゲスさに満足感を覚えるほどには、俺はゲスだ。
 そう生まれてきた。どうしろと言うのだ。

 食べ終えた二人分の食器をお盆に乗せている名前を見ながら、軽くなった缶を回す。ぬるくなったビールがちゃぷちゃぷ鳴った。肩甲骨をほぐすよう椅子の背に寄りかかり、ふうと息をつく。満腹だし、アルコールが入って気分がいい。少し気が引けるほど。

「友達にね、美容師さんがいて、あ、新婦とも共通の友達なんだけどね」
「うん」
「その子に頼めば安くしてくれるかなぁとか思ってさ、どうだろう、やっぱこんなもっさりした頭じゃねえ?」
「んー」
「当日もそこでセット頼んじゃおうかな。自分じゃ綺麗に纏められないし、あーでも、ドレス新調するからお財布厳しいんだよね」
「そうだね。でもとりあえずさ、二人でどっか遊びに行こうよ近いうち。できれば一泊で」

 俺は会話をぶったぎってそう言った。何の前置きも脈絡もなく。
 名前は食器を持ったまま少し驚いたように振り返り、一度まばたきをした後、優しく口元をほころばせた。

「うん、いいね」

 彼女を手離したくない。


2012.4.4

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