クリッククリックドラッグ




「臨也、キスして」
「えーと、俺ら付き合ってたっけ?」
「付き合ってないと思う」
「思うっていうか完全に付き合ってないよね」

回転椅子に浅く腰かけ頬杖をついていた臨也に提案をもちかけるが、あっさりと退けられた。

臨也は右手で転がしていたマウスをしばらくうろうろとさせ、何なんだという顔で私を見たが、考えるのが面倒臭くなったのか再び軽やかなダブルクリックの音を部屋に響かせ始める。

「でもいま臨也と、ていうか誰かとキスしたいんだもん無性に。臨也は付き合ってないとキスしちゃいけないなんて言うほど貞淑なの?違うでしょ」

食い下がるが、彼は今度は顔も上げずにむしろ頬杖の角度を深くしてあーとかうーとかいう声を出した。

「そうだねえ。そうかもしれないねえ。これはゴミ箱行きっと」

どうやらファイルの整理をしているらしい。そして私の話をまったく聞いてない。腹が立つ。

「まあそりゃ、付き合わなくていいならむしろ好都合だけど。君がそんなこと言うとなんか罠っぽいよね」

かと思ったらけっこう聞いていた。
そして意外と乗り気だ。
しかしなんの罠だと言うのだ。臨也なんかを罠にかけ捕まえたところで私は全く得しないんだからごちゃごちゃ邪推してないで実行してほしい。

「もう、据え膳なんだから深く考えずにしてよキス!」
「あのねえ、据え膳だろうと食材が好みじゃなければ残す権利くらいあるって知ってる?」

臨也が半笑いでそう言ったところで、わりと我慢強い私の血管が切れそうになったので席を立った。

「どこ行くのさ」
「静雄のとこ」
「一応聞くけど、何しに?」
「キスしてもらいに」

机に置いてた携帯をぼすりと鞄に投げ入れる。
私がコートを羽織ったところで、やっと彼はダブルクリックをやめた。

「ちょっと待ってよ、よりによってなんでシズちゃん?」
「だって新羅くんがセルティ意外に靡くとは思えないし、真面目なドタチンがしてくれるとも思えないし、遊馬崎くんは二次元に夢中だし、でも静雄ならもしかしたらうっかり発情してくれるかもしれないでしょ」
「…本当に誰でもいいんだな」

誰でもいいわけじゃなかったが、特に否定しなかった。さすがにサイモンさんに声をかける勇気はないし、正臣くんを誘うほど落ちちゃいない。

「だいたい発情された後のこと考えてるの?」
「とくには」
「は、食い荒らされるよ。シズちゃん俺と違って女に飢えてんだから」

さりげなく自分を持ち上げる臨也に器の小ささを感じながら、私は手袋をはめマフラーを巻く。

「もういい。臨也はゴミ箱行きだから黙ってて」
「なにそれ。とにかく、どんな理由だろうとあんな獣に近付いちゃいけません」

何を急にお父さんみたいなことを言ってるんだ。付き合ってないしお父さんでもないんだから、彼に私を制限する権利は無い。

いいよわかったしょうがないな、そんなにしてほしいならこっちおいで、と両手を広げた臨也を改めてまじまじと見、私は男でもないのに急速に萎える虚しさみたいなものに襲われた。キスってなんだ。もう一生しなくていい。

「…なんかもうしたくなくなったからいいや」
「……」

さすがにないかな、と思いつつ私は再度提案してみる。

「また今度、したくなったら言うから」
「知るか」

やはり却下された。
つかつかと歩いてきた臨也に後頭部を抱えられ、噛みつかれる!と身構えたが意外と優しいキスをされる。
優しいが、しつこい。
そのまま耳に、首に、鎖骨に下りてきて、萎えたはずの気持ちがまた刺激された。でも思ってたよりずっと恥ずかしい。

「いざ、も、いい…」
「ちょっと黙れよ」

身を引いた拍子に机に押し倒され、カラカランとボールペンが二三本床へ落ちる。
視界の端でマウスが赤く光っている。

「で、発情された後はどうするって?」
「臨也は飢えてないんじゃ、」
「飢えてなくても出来るんだよ。馬鹿じゃないの?」

男の性欲のスイッチの入り方は女に親切じゃないと思う。
まあ押したのは私だけど。

今出来ることは今。
そんな理由で私たちは、見きり発車を繰り返す。



2011.12.24
装飾『今度なんていらない私達』

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