ほんとつき




「私、臨也のこと好きだよ」
「え?」

出し抜けにそう言うと、臨也は聞き慣れない言葉を咀嚼するように間を空け、デスク上のパソコンから私へと視線を移した。

「そりゃ、イライラする時もあるけどさ。本当は嫌ってないよ。言うタイミング逃してるだけで、普通に好きだよ」
「……何急に、気持ち悪いね。まぁ、君の気持ちくらい言われなくたってずっと前から知ってたけど。それにしても急に素直になるなんて君らしくないね」
「うん。だって嘘だもん」
「は」
「日付くらい確認してから応答しなよ情報屋さん。そんなんで大丈夫?ってか私が臨也のこと好きなわけないでしょ。こんな嘘に引っかかるとかどんだけ前向きな思考回路してんの?前から知ってたけどって何?馬鹿なの?」

私は心底呆れながらそう返す。予想以上の食いつきに笑う気にもなれなかった。
ソファーの背から臨也を見ると、彼は静かに怒りながらどう仕返ししてやろうかと思考を凝らしつつも、すごい勢いで落ち込んでる人みたいな、ややこしい顔をしていた。

「…ねぇ名前、そういうデリカシーのない嘘は小学生までにしといた方がいいと思うよ。仮にも俺らは大人の男女で、一つの部屋にいるんだから」
「いるから何よ」
「俺がもし勝手に盛り上がってその気になっちゃったらどうするの?いくら鈍い名前だって、俺が日頃君をどんな目で見てるかくらい解るだろ?」

彼はそう言いながら椅子を立ち、作業用のデスクをぐるりと迂回しながら一段低いリビングへと下りる。

私は反射的にソファーから立ち上がろうとしたが、それより早く臨也がクッションに膝を付き私の退路を断った。緩やかに動く癖して、やたらと素早い男だ。
というか、どんな目でって、そんな目で見ていたのだろうか。そんな、そんなアホな。臨也に限ってそんな普通の若い男みたいな情欲を私に対して抱く訳がない。なんせコイツは男女関係なく人間を愛してるとか言っちゃう変態なんだから。

「ほら、責任取れるの?」

ソファーの背とマットに手を付き私を追い詰めながら、彼は嗤う。天井から降る白色LEDが遮られ、私の視界は一気に暗くなった。臨也ってこんなに背高かったかな。

「…臨也落ち着いて、四月一日といえど、強姦は犯罪だよ」
「知ってるよ。ってかちょっと黙れって」

臨也は苛立ったように私の頭に掌をあて、襟足のあたりにキスをしてきた。思わず首を竦める。その勢いで押し倒され、あっという間に両手首を掴まれた。
頭上で肘掛けの骨組みがギシリと不穏な音をたてる。

「いざ、」
「好きだよ名前」
「や」
「好き。愛してる。誰にも渡したくないし、見せたくもない。本当は他の男と話してるだけで凄いイライラする。いつ自分の物にしようかって、ずっとキッカケを探してたんだ」

耳元で囁かれる日常離れした言葉に、さっきまで風呂桶一杯分くらいあった理性がどこかへ流されていき、判断能力が低下する。

「じょ…冗談が過ぎるよ」
「冗談?確かに俺は全ての人間を愛してるけど、優劣を付けるなら君が一番なんだよ。他を全部失ってもかまわないとか思っちゃうくらい歴然とね。…だから早く俺の物になって、いつまでも傍にいてよ」
「…臨也?」

最後の一言があまりに小さな声だったので、私は思わず聞き返した。
臨也が、ゆっくりと落としていた顔を上げる。

「いざ、」
「アッ…ハハハハ!名前、顔真っ赤だよ。馬鹿じゃないの?嘘に決まってんじゃん!……ああそれとも、嘘と知りつつドキドキしちゃった?惚れちゃったかな?」
「………」
「大体、この手のイベントで俺に勝てると思ってるのが間違いだよね」

私の上からさっさと退きながら手を差し出してきた臨也はとっても清々した顔をしていて、私は目の前の男を始め、全ての事柄が馬鹿らしくなってしまった。

掌にかかるようため息をつき、自ら起き上がる。
彼は肩を竦めソファーから下りた。

「忙しくてエイプリルフールなんて忘れてたけど、君のおかげで楽しめたよ。ありがとう」
「…どういたしまして。臨也ってなんで刺されないんだろうね」
「一回刺されたよ」
「少な過ぎるよね」

酷いなぁ、と嘆きながら彼はデスクへと足を向ける。私は自分の携帯をパカリと無造作に開きながらその背中に言った。

「でもね臨也、さっきの嬉しかったよ。私は自分で言うのもなんだけど天の邪鬼だから、こんな日くらいしか本当のこと言えないけどさ。だから嘘だとしても、さっきの言葉は嬉しかった」
「ハイハイ、もういいよ」
「バカ臨也。時計見えないの?」

彼が素早く目を向けたオーディオの、液晶に光るデジタル時計は00時を2分過ぎている。

「……何。どこから、」
「さあね、どこからでしょう」

カチカチと携帯をいじりながら笑う。
臨也はしばらく私の方を見た後、諦めたように下を向いた。

「ハァー…。いいよべつに。君が今日、いや昨日か、いくつ嘘をついたかなんて俺にとってはどうでもいい」
「そうですか」
「ただまぁ、俺がついた嘘は一つだけだけどね」

そう言って再び自分の椅子に座ると、彼は何事もなかったようにキーを打ちはじめた。


嘘ってのだけ嘘



2011.4.1

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