なんだか知らないけど臨也と付き合うことになった。
それはそう、つい3時間ほど前。ふとした会話の流れで。
別に私から言った訳じゃないし、相手は臨也だし、浮かれる理由なんて一欠けらもない。
とは言え、さっきまで気にもとめてなかったバレンタインコーナーさえ今は輝いて見えるから不思議だ。いや別に浮かれてないけど。
「そうだ名前、何か欲しい物ない?」
「え、なんで。別にないよ」
「ないってことないだろ。なんでも買ってあげるよ。この前そろそろサイフ替えたいって言ってなかった?あ、靴でもいいよ。春物出てるだろ」
「い、いいよそんな。だいたいバレンタインなのに、なんで臨也から、」
「名前いつの人間?今はそんなの関係ないよ。恋人にプレゼントあげる日だ」
臨也は今にもショーウインドーの物を片っ端から買いそうな勢いで言った。
恋人だ。そうだ、臨也と私は恋人同士なのだ。それも付き合いたてほやほやの。別にだからなんだって訳じゃないけど。せっかくああ言ってくれてるんだから逃す手はない。
私は恋人、恋人と頭の中で呟きながら考える。
「でもそんな高級な物は貰えないよ。誕生日じゃないんだし」
もっとさりげない物でいい。それに付き合った途端に高価な物を貰うというのは、借りを作るようで気が引けた。
臨也は首を捻りながら言う。
「じゃあ何がいいの?洋服?アクセサリー?化粧品?」
「うーん、ストラップとか…」
「え?何?」
「だからお揃いの、携帯ストラップとか」
「…お揃いの!携帯ストラップ!!」
臨也は私の意見を大声で繰り返すと、新種の生物を発見した探検家のように目を輝かせ私を見た。
そのまましばらく言葉の響きを噛み締め、いよいよ耐え切れないとばかりに笑い出す。
「アハハハ…!! いいねぇ名前!ベタ過ぎて逆に新鮮だよ!」
「いや、ちょっと思い付いただけで、」
「え、名前の中ではカップルイコールお揃いのストラップなわけ?アハハ!可愛い、それ凄い可愛いハハハ!」
「わ…笑い過ぎ…!!」
「だってさぁ、アハハハハ、アハハ、ゲホ、ゴホ、はぁ………。うん、買いに行こうか、お揃いの携帯ストラップとやらを!」
「いらないよ!」
「えっ、なんで?」
「うるさい!今最も欲しくない物が臨也とお揃いの携帯ストラップになったわ!」
「なにそれ名前、情緒不安定なんじゃないの?」
「死んで!」
私はあまりの恥ずかしさと、こんな男を好きな自分が情けないのとで、赤くなる顔を伏せた。
生憎まだなんの借りもないし、手すら繋いでない。引き返すなら今だ。
「なに、泣かないでよ」
「泣いてないよ!」
「じゃあ怒らないで?」
ね?と顔を傾けた臨也にグウの音も出ない。だいたい笑い過ぎて泣いてるのは臨也だ。
「…怒ってない。自分の趣味を疑ってただけ」
「そんな悪い趣味じゃないって、お揃いストラップ」
「そっちじゃない」
「なに言ってんの?ほら行こう」
臨也は見たことないくらいご機嫌な顔で私の手を握って歩きだす。
きっと臨也も私という彼女が出来たばかりで浮き足立ってるんだ。そうに違いない。それならいつにも増して落ち着きがなくてウザったいのも頷ける。まったくしょうがないな。許してやろう。
私は自分の思考回路がえらく楽観的かつ手遅れなことに気づいていたが、まともな神経じゃこの先とてもやっていけないと思い諦めた。
臨也と付き合うというのはそういうことなのだ。
大体あそこまで馬鹿されて尚、当人とお揃いのストラップが欲しいとか思ってるんだからやはり終わってる。
表参道に出ようとした臨也をぐいと引き止めた。
「いいの。その辺の雑貨屋さんでいいの」
「ああ、そうなの?」
ブランドショップの立ち並ぶ大通りを離れ、駅ビルの中に入ってる10代向けのアクセサリーショップへ入る。
ストラップコーナーには季節柄かペアストラップがたくさん並んでいた。どれもキラキラと揺れていて、見るからに可愛らしい。
重ねると一つの英文になる物や、色違いのラインストーンが付いた物、くり抜いたハートと型のセットなんて物もある。一つずつ摘みながら、顔を近づけたり遠ざけたりして眺めてみる。
私があんまり真剣に選ぶから、横でまた臨也が耐え切れずに笑い出した。
「…なんなの!」
「くくく!ごめんごめん、もう、名前が可愛くてたまらなくて!」
言葉から察するに、悪気はないんだろうと思う。でも感じ悪いことに変わりはない。
「嫌なら言ってよ」
「嫌じゃないよ。俺はこれがいいなぁ」
臨也が摘んだのは小さな錠と鍵のセットだった。
「…意外とノリノリだ」
「どうせなら、こういうすっごい束縛っぽいのが良くない?」
「うーん、どうだろう…」
「じゃあいっそマスコットは?」
私たちは二人で小さなストラップを近づけたり遠ざけたりしながら、高校生ばかりの雑貨屋さんで一時間あまりを過ごすのだった。
バカップル・カップ
2011.1.20