栗毛色の髪の毛が目の端に映り、足を止めた。
いつもの道を逸れ彼の背後に立つ。道と言っても、私たちの場合屋根なのだけど。
「よう。元気か」
気配を消していたつもりが、彼は目線を手元のジャンプに残したままでそう言った。侮りがたし、服部全蔵。
「ぼちぼちです。服部さんは相変わらず勘がいいですね」
「腹空かせた野良猫か、暇持て余したくノ一か。どっちかと思ったが、まあどっちも似たようなもんだな」
彼はそう言って膝に乗せた踵を組み替えた。腐っても同僚を猫扱いとは……いや、同僚だからこその猫か。
「なんか最近ご活躍らしいじゃないですか。吉原で暴れたり、かぶき町で企んだり」
私が言うと、彼は「げ」という顔をして頭をかく。
「やっぱそっちまで行ってんの、その話」
「当たり前ですよ。でも私は最初信じませんでしたけどね。服部さんぽくないから」
「馬鹿な奴が周りに多くて、俺も馬鹿になりかけてんだ」
興味のない漫画をぱらぱらと飛ばしながら、服部さんは首をすくめ猫背になった。
「そう言うお前さんだって、随分売れっ子みたいじゃねえか」
「……くノ一なんて、最近は色仕掛けとか囮とかそういうしょぼい仕事ばっかで駄目ですよ。私はもっと血湧き肉躍る、切った張ったの活躍をしたいのに」
つま先で瓦をなぞりながら、はあと息をつく。風の噂に聞く、服部さんの近況が羨ましかった。例え一銭にもならない慈善活動だとしても。
「嫌な仕事なら受けなきゃいいじゃねえか」
「服部さんみたいな大手採用の忍者とは違うんですよ」
「元大手、な」
天下の御庭番衆出身となれば、名実ともに敵なしだ。私みたいな使いっ走りのくノ一とは違う。
「辞めちまえ辞めちまえ。不満があるなら忍者なんて。ピザ屋にでも就職しろ」
「不満はありますが誇りもあります。辞めませんよ」
誇りがあるからこそ不満があるのだ。IT産業はびこるこのご時世、誇りがなきゃ忍者なんて冗談みたいなことやってられない。
彼は冷静な声色で水商売の方がまだ割に合うぞ、とか勝手なことを言っている。その鬱陶しい髪の毛を後ろから引っ掴んでやりたくなったが、我慢して代わりにクナイを投げつけた。
屋根の棟にくるりと片手をついた服部さんがジャンプを閉じる気配はない。器用だ。
「ナルト読んでる時にジャマするんじゃねえ!」
ツッコむだけで仕返しをしない彼は馬鹿に対して甘いと思う。だから周りに馬鹿ばかり集まるんだ。私も少し寛容になれば、楽しい忍ライフを送れるだろうか。
大体この人、人前でネガティブモードになっている面倒くさい私にまで関心ないふりして助言をくれるなんてまったく、よく出来た大人か。
「付き合えバカ」
「意味がわからん」
「家事全般こなしますよ」
「間に合ってる」
それに、と彼はページをめくる。
「お前は俺にゃ綺麗すぎるよ」
口だけで笑う、その横顔がずるい。
2012.9.29
桂谷ミトへ