ツーペア



一組のカップルを見張れというのが、今回の任務だ。
男の方は商人で顔が広い。攘夷志士との繋がりも噂されているから、この一般人の女の家を隠れ蓑として会談を行うかもしれない、との狙いだ。いつ捕り物になるか解らない気の抜けぬ任務である。
テナントの去った廃ビルの窓際から、彼らの住処を見下ろしていた。俺の孤独な戦いは今日も続く。

「あの、ここ、私のベストポジションなんですが」
「……」

続かなかった。どうやらこの標的は大人気のようだ。
見知った密偵仲間の女は両手に大量のカレーパンとコンビニのおでんを抱えている。長居する気満々だ。胃もたれしそうな組み合わせである。

「二人で張ってたら、気配うまく消せませんよ」
「あのね、そう言われても、俺が先に張ってたから」

反対側の窓枠に身を隠した彼女は、髪を縛り上げカモフラージュの着物を脱ぎ、忍びの装束になった。慣れてはいるが、俺から見ればまだまだ新米だ。徹底した地味さがない。

「それにしても、出入りが激しいですね」
「奴さんだって暇じゃないんでしょうよ。なんせ顔が広い。この分なら案外早く目的を果たせるかもしれんね。お互いに」

彼女の目的は知らないが聞かなかった。密偵同士の礼儀というものだ。俺はあんぱんを頬張りながら希望的観測を行う。次に商人が戻る時が勝負になるかもしれない。しかし女の方が留守に連れ込んでいる御用聞きの金物屋、彼は本当に商売目的なのだろうか。攘夷志士じゃないにしても、不義密通、愛人……か?

「……山崎さん。こんな仕事してるにしても、それはちょっと疑り深すぎやしません?」

横で彼女が引いている。ほっとけ。俺は過去にこんなんで失敗してるんだ。女なんてのは信用ならない。最初は粗なんて見つかりそうもないとお手上げ状態の彼女たちを、見続ければ見続けるほど見たくない部分を見つけてしまう。因果な商売だと思う。そして俺は学んだ。裏表のないカラクリの方が、よっぽど信頼できると。

「君もそのうちわかるよ。この仕事のしんどさがさ」
「先輩ぶらないで下さいよ」

あんぱんはもうない。今日何も起こらなければ、また買い足しに行かなければならないだろう。隣でおでんをつついている彼女に、一つちょうだいと言いそうになってやめた。
ため息をついて下を見る。出てきた金物屋と、一瞬目があった気がした。

「だいたい山崎さん、こんな食生活でいざという時大丈夫な、」
「しっ」

言いかけの彼女の口を塞ぐ。
廃墟のはずのビルに人の気配がする。
パキッとガラスを踏む音が聞こえ、俺はそのまま彼女の腕を掴んだ。

「逃げるよ」
「ちょっ……」

飛び退いた瞬間、俺たちがいた場所のガラス窓が派手に割れる。少し遅ければ蜂の巣だ。俺にしては派手なアクションをしているなと失笑しながら、彼女を路地裏の窪みに押し付けた。下手に逃げるよりは時を稼ごう。

「や、山崎さん」
「ん、ああ」
「あの、意外と……」
「うん。動くよ。俺」

彼女の赤い顔がすぐそばにある。
これはやってしまったか。いやおそらく俺もやられてしまった。つり橋効果か。
一組のカップルが、二組のカップルに…なんて、副長に言ったら殺されるかもしれない。報告書を書くのがおっくうだ。僕はそう思いました。



2012.9.21
鯛さんへ

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