魂の重さ



暗闇の中に血の匂いが蔓延っている。
いまだ辺りは騒然とし、せわしなく走り回る十数人分の靴音と、鍔が隊服のベルトに擦れるカチャカチャという音が路地裏に反響していた。

小さな赤い火の元を辿れば、煙を吐き出した副長と目が合う。傷はもちろん、大した疲れも見えない。

「どうだ」
「二人は捕縛、一人は自害しました。残りは……」

足元を見回した。何人斬ったかは彼の方が詳しいだろう。見廻り中の有事にすぐさま救援を呼んだは良いものの、一緒にいたのが彼じゃなければ多勢に無勢、無事では済まなかったはずだ。
私は自分の当番運に感謝すると共に、不甲斐なさを噛み締めた。

「計画性はないみたいだな。奴らそこの料亭で談合した帰り、俺らを見つけて囲んだようだ。身に合わねえ高い酒でも飲んで気が大きくなったか。舐めやがって」

副長はそう言ったが、多分違う。私がいたせいだろう。女の私は血の気の多い彼らにとって引き金でしかないのだ。よほどの腕がない限り、私は組織の弱味と映るだろう。悔しいが、女が真選組の隊服を着るというのはそういうことだ。

「奴らをいい気にしたのは私です」
「だから舐めてるって言ってんだ。現にお前今日、斬られたか?」
「いえ……。でも副長じゃなければ危なかった」
「顔上げろ」

励ます、というより怒るように、彼は声を張る。

「弱味になりたくなきゃ、強くなればいいだろうが。異名の一つでも付けられりゃこっちのもんだ」

言いたかないが、見廻り組の女みたいにな──。そう言って副長はジャリと吸殻を踏んだ。携帯灰皿は忘れたようだ。

信女さんは凄い。あれだけ強者ぞろいの男たちの中で、一際恐れられているのだから。うちの一番隊長と互角に張り合うことの凄さなら身をもって知っている。沖田隊長の道場稽古は屯所で最も恐れられていることの一つだ。技術面においても、精神面においても。
それと渡り合う腕の彼女なら、夜道で奇襲を掛けられることもないだろう。向こうが逃げて行く。
ぐっと拳を握った私に、副長は少し声を落とした。

「……はっきり言うと、俺は今お前を『撒き餌』と思ってる。油断して寄ってくる馬鹿を一掃するには適役だ」
「餌、ですか」
「それを知ってもここにいられるか?」

両の目に真っ直ぐ見据えられ、私は静かに息を呑んだ。一度ゆっくりとまばたきをして、姿勢を正す。

「……望むところですよ」
「上等だ。帰るぞ」

私の後ろ頭をぱしりと叩き、副長は踵を返した。一つお辞儀をして後に続く。何にせよ役に立っていることが嬉しかった。
彼は新しい煙草に火を付け「あ、それとな」と付け足す。

「お前と組むの嫌いじゃねえよ」

そりゃ副長は喧嘩っ早いから、私といたら退屈しないだろう。

餌としてじゃなく、いつか同じ言葉を同志として聞ける日まで。この背中を追いかけていたい。
副長の腰で刀が揺れている。確かめるように、私も左手で鞘を握った。



2012.9.19
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