electric wave interference



ハッと目が覚めて、ぼんやりと混乱した頭が時間と空間を把握してくれなくて、無意味に泣きそうになっていた。
広い座敷で膝を抱えながらうずくまる。

しばらくそうしていると、襖の開く気配がして視界の隅に影が落ちた。日はまだ高い。いつの間に眠ってしまったのだろう。

「どうした」

ん?と首を僅かに傾け近寄ってくる小太郎に、しがみつきたいのに私の口は思うように動いてくれない。

「いいの」
「いい?」
「いいの。ほっといて」
「そういう訳にいくか」
「やだ、ばか。来ないで。意地っ張り」

ぽろぽろと脈略のない駄々が漏れる。まとまらない意識がもどかしくて思わず顔を伏せた。なんだろう、これじゃただの幼児退行だ。つかの間の白昼夢から抜けられない。

幼い晋助が小太郎をぶった。小太郎が怒って晋助を叱る。二人とも泣きそうな子供の顔で意地張り合って、足なんか踏み合って、それからはそっぽを向いて目も合わさない。
ねえ小太郎、許してやってよ。晋助、謝ってるじゃない。口には出さないけど。謝ってる顔だよ。小太郎、わかるでしょ?

縋るような気持ちで目が覚めた。
小さな頃の夢なんて、めっきり見てなかったのに。

年甲斐もなくぐずる私に逡巡するそぶりも見せず、当然のように隣に腰を下ろした小太郎の羽織りの衣擦れの音とか、足袋が畳を擦る音とかがすごく現実的で日常的で。
顔を覗き込んできた小太郎と目が合い、私はやっと幼い夢から抜け出して一人の女に戻った。

「あ…ごめん。なんか夢みてて」
「夢?」
「なんかごっちゃになって、やつあたりした。最低だ」
「なに。怖かっただけだろう」

怖かった?
さらりと言った小太郎の言葉に、立て膝から顔を上げる。

「そういう顔をしてた」
「……そう」

そうだ、怖かったんだ。意味深な夢からほうり出された後の、なんともいえない所在のなさ。真相心理を覗いてしまったような後ろめたさ。

「お前は顔に出るからな。要領の得ない言葉を聞いてるより、ずっとわかりやすい」

そう言って笑う彼が、旧友に刀を向けてからもう幾月かが経つ。
私はするすると畳に膝を這わせ、小太郎の背後に回った。

「髪、伸びてきたね」
「ああ」

あんなにばっさり斬られたのに。

こうして些細なところに時の流れを見つけては、あの日の決別を振り返ってしまう私は弱いんだろうか。前を向く彼の胸中はわからない。
背中にそっと掌を当てた。

私たちの背後には歩いてきた道があって、選んできた岐路があって、無数に枝分かれしたそれは延々と後方に連なっている。遠くは靄がかかりもう見えない。

私はたまらなくなって、後ろから彼の首へとしがみついた。この綺麗な髪の毛だって、もうすぐ元の通り。
私は小太郎の長い髪が好きなのに、わずかに跳ねた毛先がゆったりと肩を隠し始めるのを、とても切なく思った。元に戻るもの。元に戻らないもの。進む時間。遠ざかる過去。歩けば歩くほど、離れていく道と道。

サラサラと指で梳き、隙間に見えた暖かいうなじに額を寄せる。

「いなくならないで」
「ならんさ。どうした」
「どうしたもこうしたもない。小太郎がおかしな心配ばっかさせるから」
「…行方を眩ませた件は、すまなかったと思ってる」
「そういうことじゃないよ。もっと落ち着いた人なら、連絡が取れないくらいで不安になったりしない」
「そんなに信用されてないのか?俺は冷静だぞ。わりと」
「馬ぁ鹿!」
「ば、」
「何かの弾みですぐ、我が身をかえりみなくなる人だよ、あなたは!反省してよ。直してよ。じゃないといつか、死んじゃうよ」
「……」

叫んでから、そんな真っ直ぐさに惚れて添っているのだと思い出す。そうだ、そうだけど、それでも。
私は彼の髪に顔を埋めたまま、脇に両腕を差し入れぎゅうと抱きしめた。

小太郎は少しくすぐったそうに身じろいだ後、こちらを振り返ろうとしたので私はさせまいと抱き着く腕に力を込める。今は顔を見られたくない。その涼し気な目元にたたえられる暖かな眼差しを、受け止める自信がない。

彼はそんな私の様子に呆れたようにため息をつくと、腹に回った私の手の甲をぽんぽんと撫でながら「よしよし」なんて言うもんだから、私はまた一人の女から子供に還ったような気になった。

「いなくならない」
「……」
「という約束は出来ん」
「……」
「だが少なくとも、お前を泣かせるようなことはしない」
「……」
「お前は、俺が真っ直ぐ歩む限り、笑ってくれると信じてるからな」
「……ずるい人。結局なにも直す気ないんじゃない」
「はははバレたか」
「笑い事じゃないよ!」
「なんだ、名前こそ笑ってるじゃないか」



Electric wave interference



「本当ばか」
「そう言ってくれるな。俺が意地っ張りなことくらい、知ってるだろう」
「そうだね。小っちゃな頃から、そうだよ」

あんなに泣きたい気分だったのに気付いたら笑っていて、うまいこと乗せられた気がして腹が立つ。

涙を流せばこの男も動揺するかと、もう一度さっきの夢を思い出そうとしたのだけど。すでに遠くへ去ってしまった後で、あの切なさを思い出すことは出来なかった。



2010.5.10
素敵な友人が素敵な友人のために立ち上げた、桂誕生日企画「受信体勢良好!」さまに提出。
映画の余韻に浸りながら。

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