「銀さん」
「んあー?」
「結婚しようか」
「ンガ、ググ」
「反応古いよ」
万事屋のソファーに寝そべり饅頭を食べている銀さんに、プロポーズをしたらむせられた。
まぁ、結婚も何もお付き合いさえしていない私からの言葉なのだから当然だけど。
私は一階のお登勢さんのところでお世話になっているただのホステスで、今だって先輩のキャサリンさんに家賃回収の任務を押し付けられて此処に来ているだけだ。
「財布が一つになったら、家賃くらい立て替えてあげるのに」
「アホか、むせたじゃねーか。ちょっと苺牛乳持ってこい」
「その前に出すもの出しな」
「……今日夜、下行くからそん時まとめて払ってやるよチクショー」
「飲み代のツケの方もよろしくね」
「……」
(ずっと探し物してるような奴だったよ。まるで何かをつぐなうように。もしかしたらてめーに罰でも与えてたのかもしれないね)
カウンターの中で、昔お登勢さんが何気なく零した彼の性分について考えながらコップを磨いていた。
すると本人が戸を引いた。
「いらっしゃい」
「おう、ババアは?」
「今日は裏の山田の婆様のお通夜で、留守よ」
「ああ、そういや」
(それでもまた抱えこむ。結局そのくり返しさ。それが生きるって事なんだろうよ)
ふわふわ頭は私の出したウィスキーを一口含んだ。
「銀さんは強い人だね」
「あー?俺は弱っちい男よ」
「そんなことないと思うけど」
私は彼の、振り返るでも見通すでもない、今をただ眺めるまっすぐな目が結構好きだ。
「でもそう言うなら、弱みに付け込んでしまおうかな」
「なんだよそれ」
「結婚すれば?私と」
一見して死んだ目は、ひたすら穏やかなようで心にひっかかる痛みみたいなものを含んでいる。気がする。
「あのな、これ以上余計な荷物増やさないでくれ。ただでさえ最近腰が痛ぇんだ」
「だから一緒に背負ってあげるって言ってんのに。つれないなぁ」
「ったくどこまで本気なんだか…」
そんなのは私にもわからないよ。でもあなたを見ていると私は無性に切なくなって、仕舞いには泣きそうになるんだ、いつも。私そんなに母性本能強い方じゃないのに。嗚呼、お登勢さん、これは恋ですか。
「とにかく、辛くなったら私のところに来なさいよ」
「オイオイそりゃなんてー誘い文句」
「なんならひと晩くらい相手してあげるから」
「女の子がそんなこと言っちゃいけませんよ」
「そうやってあしらわないでよ。腹立つなぁ」
「ガキは歯ぁ磨いて寝れ」
なんて言って席を立ってしまうものだから、もう帰っちゃうのかとしょげていたが、上がりの時間に裏口を出れば彼はちゃっかりそこに居た。
「で、名前ちゃん、どれくらい淋しけりゃ相手してくれんの」
実はめちゃくちゃその気になってるじゃないか。わかり辛い人だな。シャイなのか?しかも見た目より酔ってるし。
ぐだぐだと背中にのしかかる体が重い。
「とりあえず、うちで飲みなおしましょうか」
「…おう」
ひき剥がしながらそう言うと、私の腕を掴んで颯爽と歩きだす銀さん。さっきまでの酔いはどこへ。
「何がそんなに淋しいんですか?あと、うち逆です」
「……。俺のな、今日誕生日なんだよ」
「そうなんだ…!それで、誰もお祝いしてくれないからスネてるの?」
「いや、特に教えてないからな」
「……」
難しい人だな。構われたいのか、そうでないのか。寂しがり屋で、面倒臭がり屋で、恥ずかしがり屋なんだきっと。……面倒臭さいな。
*
明け方隣を見ると、背を向けて眠る銀さんの体が目に入った。
大きな背中。それなのにやっぱり、私はこの人を全力で護りたくなってしまう。
ああバカな男。だけど、女だって相当バカだ。恋すれば無償で愛でてしまうんだから。
どうかんがえても、
母性の分だけ不利です
2009.10.10
銀さんお誕生日おめでとー!