霊幻新隆という男はとかく口のうまい男だった。理路整然としているわけでも首尾一貫しているわけでもなく、整合性や論理性だってそうなく、むしろどちらかといえば暴論や空論に近いというのに、彼の言葉は不思議なほどこちらの心を揺さぶる。おそらく、彼のおそろしいほどのブレのなさを前にすると、相対的に自分の心の揺らぎが際立ってしまうためだと思う。その微振動を彼は見逃さない。遠いところで起きた地震のように、時間が経てば経つほどゆらゆらと振り幅はおおきくなり、心は不安定になっていく。気づいたときには足元さえおぼつかなく、彼の前にへたりこんでいるというわけだ。見上げる彼の顔はいつだって悪相だった。典型的な詐欺師の手口である。
ではなぜ、詐欺師である彼の元へこうして通い詰めているのか。それを説明するには少しの時間を要する。ので、省くとしよう。とにもかくにも鉄の意志を持ったこの男の、鋼の片棒のはしっこを担ぐようになってから数ヶ月が経とうとしていた。
「霊幻さんは、昔っからそんなに意志が強かったんですか?」
「意志? 強くねぇよ別に。禁酒も禁煙も続かないしな」
着古したスーツの背を丸めながら、彼はブラインドの紐を暇そうにいじっている。依頼主の前ではやたらバリッと背筋を伸ばしている彼が、こうしてぞんざいな態度を示しているのだから、私はもう客とは認識されていないのだろう。
「俺はな、やりたいことはやり、やりたくないことはやらないと決めただけだ。あることをキッカケに」
「あること?」
「まあキッカケはいいとして、やりたいことはあんまなかったし、やりたくないことは山ほどあったから一人で商売始めたってわけだな」
「詐欺師ですか?」
「バッカお前、霊能力者は詐欺師じゃねぇよ。立派な接客業だ」
たしかに、霊能力のなさを接客力でカバーしているのだから彼の接客者としてプロ意識は高い。占いだって降霊術だってカウンセリングの亜種なのだと思えば、この仕事もあながち詐欺と言えないのではないか、なんてことを考えていると、霊幻さんがふいに顔を上げた。妙に精悍な眉の形が、どうにも苦手だ。
「なあお前、今度の土曜日空いてるか」
「……空いて、るかな。いや、どうだったかな。どうしてですか?」
「要件聞いてから決めるのなしな。実は依頼が入ってるんだけど」
「依頼って、現場に赴くタイプのやつですか?」
「そうなんだよ。モブのやつ、その日どうしても改造部の方外せないらしくて困ってんだよ」
「改造部って理工系の部活ですか? 影山くん好きそうですもんねそういうの」
「いや肉体だよ。まあそれはどうでもいいんだ。そういうわけだから、その日はお前に助手役を頼みたい」
「土曜日はたしかほ、法事があったと思いますね。父方の曽祖父の一周忌だか三回忌だか」
「よろしくな」
曖昧に述べた言いわけを無視して、彼は私の肩を叩いた。悪どいようで真剣な、彼独特の表情だ。この顔をされると私の足元は途端にぐらつきだすのだ。
「私、霊幻さんと違って中途半端に霊感あるからそういうとこ行くの絶対いやなんですよ!」
「俺と違ってってなんだ、俺はありすぎて見逃しがちなだけだ。まあとにかくお前のすることは簡単だよ」
「……」
「きな臭くなってきた頃合いを見計らって、この塩を無造作に撒いてくれればいい。できるかぎり厳かに、そして無造作に」
「難しすぎじゃありません……?」
明らかに霊がいる場所へ乗り込むというのに、私はこのアロマポッドらしき壺に入った食塩だけで対抗しなければならないというのか。
「お前はやればできる奴だって。いざとなったら逃げていいから。元陸上部だろ?」
「茶道部です」
意味不明にして有無を言わさぬ激励をうけ、私は週末までの間になんとしてでも風邪をひかなくてはと思った。揺れが大きくなる前に、彼のそばから逃げ出さなくてはいけない。
2016.07.21