夏ただなかに咲く




「たかすぎぃ!」
「うぁ、テメッ!」

まあるく角のとれた氷が、つるりと彼の背中に滑りこみ、消えた。
陣羽織を脱いだ高杉は袖のない帷子を太陽の下につやめかせ、武器の手入れをしていた。
カラクリの専門家はまだ使いから戻らないらしい。

「冷てえだろうが」
「だって暑いでしょう?」

彼の背筋で小さくなっているだろう氷を思いにやにやと笑う。高杉の引き締まった二の腕が着々と太陽に焼かれていた。油蝉たちがジワジワと暑さを囃し立てる。

「ったく、ガキか」
「装甲車のエンジンを冷やしてたのを、分けて貰ったの。ほら、みんな」

休憩所の方を指差すと、さっきまで暑さに辟易していた連中が大小の氷を手に手にはしゃぎ回っていた。
日陰にも入らず、握りしめたり押し付けあったり頬張ったり。子供のようだと思ったが、そういえば私たちはまだ子供なのだった。こんなことがないと、思い出しもしない甘辛い現実。いつまで続くかわからない休戦をめいっぱいに過ごす私たちは、まるで蝉のようだ。

高杉は「お前ら無駄な体力使ってんじゃねぇよ!」と吠えながら駆け寄り、なんだかんだでじゃれ合いに混ざった。普段は彼を総督と慕う隊員たちも、こうなっては無礼講である。ここぞとばかりに総督に向けて氷を投げつけている。楽しそうだな。

やんややんやの騒ぎをしばらく見つめていた。
やがて高杉は砂だらけになった腕をぱしぱしと払いながら戻ってきた。その手には残りの氷がまるっと抱えられている。彼は私の頭の上で器をひっくり返した。

「ちょっと!」
「つむじが冷えたか?」
「わるガキ!」
「そっちがな。ザマミロ」

襟口から次々しのびこむ冷たさに、ろくに動けず高杉を睨む。彼の腕はさっきより焼けているようだった。帷子の前合わせがだらしなく開いているので、きっと腹も焼けるだろう。私もたすきを外しひとえを脱いでしまいたかったが、女はそんなわけにもいかない。犬のような男衆が羨ましかった。

いつの間にか屋根の下へ逃げ込んだ同志たちは「そこ、いちゃつくな」「総督のたらし」「俺が狙ってたのに」などと言いたい放題のやじを飛ばしている。
土の上に濃い影を落としているのは、もう私と高杉と井戸のつるべと楠の木だけだった。

「あつい…」
「屋根ん下はいれよ」
「三郎、遅いね」
「そうだな。まあアイツは、大丈夫だろ。カラクリのある所にゃきっとへらへら戻ってくる」

蝉の声以外は何も聞こえない。うるさいようで静かな辺り。あと二三日は何もないといい。

氷はすでに総て溶け地面を濡らし、それすらもうもうと乾きつつあった。水は蜃気楼になって夏の中へと消える。

「高杉、私たち幸せになれるかなあ」
「さあなァ」

高杉は額に手をかざし上を見据えた。


青い空。
ぼろぼろの僕らと、捨てきれない希望。

夏はまだ終わらない。



2012.8.10
高杉誕生日おめでとう!!

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