セメタリーベイビー☆3



 今日も平和だ、と思いながらさっきまでカボチャの重さを比べていたのだ。スーパーの店先はほかほかといい陽気で、かごに並ぶ野菜たちも発色がよくおいしそうだなあなんて呑気に考えていた。しかし今となってはそれも嵐の前の静けさである。カボチャは道へ四散して、潰れたトマトが足下で泡を吹いている。私の持っていたプラ性の買い物かごは柄のところでぽっきり折れて数メートル先へすっ飛んでいた。「下がっていろ」と言われたまま壁沿いまで下がったはいいが、飛び交う散弾や爆煙に逃げ出すこともできない。

「キュッキュッキューもぎられ売られ捨てられた青物たちの恨み、思いしるがいい〜!」

 廃棄野菜から生まれたらしい怪人はふざけた見た目と台詞からは想像もできない破壊力でスーパーの一角を半壊させていた。主婦の悲鳴、小さな子どもの泣き声、店長らしきおじさんの避難誘導が響き渡りあたりは騒然としている。そんな中、一人抗戦を続けているのはジェノスさんだ。
 週一で交流を持つことを友達の定義にしているらしい彼と、今日もお決まりの店に買い出しに来ていた。複数いた大中小の怪人の、中と小を瞬時にして滅殺したジェノスさんに息を呑んだが、ボスらしきこの青物魔人の実力は相当なものらしい。素人目にもわかるハイレベルな攻防。彼の手首より先は切断されてトマトの横へ落ちている。生身だったら、と思い青ざめた。はじめ冗談のようなデザインをしていた怪人も、だんだんと姿を変えまがまがしく通りを塞いでいた。どうしよう、私にできることはなにもない。そろそろと彼の部品に触れてみるが、ちぎれた配線がバチッと弾けあわてて手を引っ込めた。縦横無尽に暴れ回る怪人と違い、ジェノスさんは周囲の被害を考えて立ち回っている。いくら強くたって不利にならざるを得ない。信じられないほどの速さで壁や地面を蹴り、自らの攻撃装置を起動させるジェノスさんの姿は美しいほどだ。動けない私はそんな現実逃避をするしかなかった。心臓部からもれる青い光が毛細血管のように腕をつたい、残った右手から放出される。あまりの出力に敵の体が浮かび上がり、勝負はついたかと思われた。すごい、と思わず呼吸を忘れて見蕩れる。が、その巨体の飛んだ先が自分の方向であることには、みるみる視界に影が落ち反射的に目を閉じたその瞬間まで気付かなかった。迫る怪人の向こうでジェノスさんが「チッ」だか「クソッ」だか切羽詰まった声を上げたのが聞こえる。

「うわこれ外がわ白菜か」

 そして耳に届いたのは、この場の緊迫感と臨場感にまったく影響を受けていない様子の男の声だった。よく知っている、とまでは言わないが聞き覚えがある。つい最近一緒に鍋をした時にも聞いたものだ。口調やテンションまで夕飯時のそれとほとんど変わらない。

「けどこんなに焦げてちゃ食えねーな」

 まさかと思い振り返った時には彼の右手が怪人の体をこなごなに砕いていて、さっきまでジェノスさんが苦闘していた堅い表皮なんて嘘だったかのような錯覚を覚える。まるで三角コーナーの野菜クズだ。一撃で爆散した野菜怪人は元通りの廃棄物となってスーパーの店先に散らばっていた。へなへなと力の抜ける体に、サイタマ先生の手が触れる。

「おい大丈夫か」
「あ、は……い」

 彼が腕を掴んでくれたおかげで膝を打たずにすんだ。「先生!」と駆け寄ってきたジェノスさんが、落ちていた手首を拾い上げ私を見る。

「まだまだだな俺も。トドメの瞬間こそ視野を広く持つべきなのに」
「……いえ、すごいです、ジェノスさん。ありがとう」

 そう言ってサイタマ先生を振り返り、私は言葉に迷った。彼の一撃は『凄い』なんていう単純な言葉で表現していいのか迷う。だってこの嘘みたいに強いジェノスさんがともすれば霞んでしまうほどの強さだ。人間の認識能力を超えているように思う。結果私は何も言えずに黙ってしまった。

「帰るぞ」

 吹っ飛んだ買い物かごを拾い上げ、ポケットから適当な小銭を出すと先生はとっくに人のいなくなったレジにそれを置く。遠くから見ていた人たちが口々に囁いているのはジェノスさんの名前だった。何か言わなきゃ、そう思って、後を追って、頭を整理してみるけれどあんな体験をした後じゃ、ろれつも足も上手く回ってくれない。

「も、もちます」

 なんとかそれだけ口にする。しかしサイタマ先生は振り向いて眉を下げた。

「いや、いーよ。それよりお前フラッフラだぞ」
「どこか怪我でもしたか」
「いえ、たぶんどこも」
「ジェノスおぶってやれよ」
「わかりました」

 彼は頷くと、自分の手首をスーパーの袋に突っ込んで私を背負いあげた。冷たいと思っていた彼の腕はオーバーヒートしたパソコンのように熱く、思わず手を離してしまう。

「今冷却中だから待て」
「はい、すみません」

 袖のないパーカーをぎゅっと掴みながら、なんだかとっても情けない気持ちになった。そして胸が熱くなる。彼が先生に対して感じている気持ちのほんの端っこがわかった気がして、ぐっと息が詰まるようだった。先生の腕で買い物袋がカサカサと揺れる。すぐそばでジェノスさんの内側が機械の音を立てている。それらを聞きながら、私はせめて彼の手首がくっつくまでのあいだ、夕飯の支度くらいは手伝いに行こうと決めた。

2016.1.1

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