ガーゼとテープ
※養護教諭パロ


 保健室の先生は色気のあるお姉さんであってほしい。と、いうのはおそらく多くの男子高校生が思っていることだろう。
 では、女子高校生の多くが「保健室の先生は色気のあるお兄さんであってほしい」と思っているかというと、そんなことはない。色気はなくていい。むしろお兄さんでなくていいし、できれば牧歌的で優しい雰囲気のご婦人先生がいい。私たちが保健室の先生に求めるのは安心感であり、決して刺激や高揚感ではない。血圧が下がっているときに妙に心臓を刺激しないでほしいし、熱があるときにこれ以上体温を上げさせないでほしい。つまるところ、彼が保健室の先生に向いているかと問われると、うなずき兼ねた。

「……高杉先生はどうして養護教諭になろうとおもったんですか」
「なんだっていいだろが。お前進路相談しに来たのか? 違うだろ。さっさと寝ろ」

 すげなくそう言ってカーテンを引いた先生は、ガーゼ生地の薄い布団をぱんとたたき皺を伸ばした。大きめの白衣の下からチラつく、タイトなスーツが私の熱を上げていく。ふらふらと先生の横を通り過ぎベッドに膝を乗せると、手の甲を軽くおでこに当てられてびくりと肩がはねた。

「八度はねえな。いまアイスノンもってくるからその間に計っとけ」

 すぐに鳴るタイプの体温計を渡され、先生がこちらに背を向けたところで止めていた息を吐いた。制服のリボンを外しシャツのボタンを二つ開ける。体温計の先がひやりと触れて鳥肌が立った。先生はああ言ったがこれは明らかに八度を超えている。ここに来てから、顔の火照りが止まらないのだ。
 高杉先生みたいないかにもアダルティな男性が、私たちのようながきんちょをなんとも思わないことはわかっているけれど、小娘なんて相手にしないというその態度がよけいに私たちの劣情を煽るのだった。女になりたての女子高校生というものはまだ身の程を知らされる機会すらなく、とかくハードルの高さにときめきを覚えるものだ。私たちは若い。それが有限だと知っている。押してみたらどうなるだろう。そんな好奇心が体の内からむずむずとわき出して止まらない。止めたくても止まらないのだから、これは苦しいうちに入る。これだから、迂闊にかっこいいお兄さんなんていてほしくないんだ。おかしな考えを警告するように体温計がピピと鳴り、同時に先生が緑色のアイスノンを携え戻ってきた。

「どうだ?」
「七度、六分……」
「やっぱそんくらいだな。これ巻いて、次の終業まで寝てろ」

 体感よりも低い熱に首を傾げつつ、私はアイスノンのマジックテープをみりみりとはずした。巻き付けると間抜けな感じになりそうだったので、横になって首の間に挟む。なんだかビニールの懐かしい匂いがした。保健室の布団はあまり体に馴染まない。

「寒くないか」
「へーきです」
「下がんなかったら親に連絡するからな」
「はい」

 慣れたちょうしで私を気遣う先生は、正真正銘の養護教諭だ。彼の風体で、こうして子ども相手に身を砕く職業を選んだことはやはり何度考えても不思議だと思う。どんな職業なら高杉先生にぴったりかと聞かれても思いつかないが、なんとなく刃物でも持っていれば様になりそうなので生まれ変わったら侍になればいいと思った。

「せんせい」
「なんだ」

 なんとなく、先生がカーテンの向こうに消えてしまうことが寂しくなって呼び止める。

「せんせいって、左利きですか?」
「……なんだいきなり。違ェけど」
「指、たばこくさくなかったから。どうしてかなって思って」

 そう聞くと、先生は少し驚いたような顔をして、右手の指を小さく擦りあわせた。

「いろいろ気い使ってんだよ俺も。つーかなんで俺が煙草吸うこと知ってんだ」
「知らないけど、吸うでしょ、ぜったい」
「吸うけど」

 フンと愉しそうに鼻で笑い、先生は今度こそカーテンを閉じた。私も気がすんで目を閉じる。先生は煙草だけ左手で吸うのかもしれない。先生は匂いクリーナーを常備しているのかもしれない。いろいろと想像してみるが、どれをとってもやはり面白かった。そして体温がまた、上がる。でもこの感覚はどうやら気のせいらしい。たぶん脳みそだけが火照っていて、まだ体にまで熱を伝えていないのだ。この熱が体中に回る頃きっと私はべつの病気にかかってしまい、毎日しんどい思いをするのに違いない。


2015.1.30

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