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ペットボトルのゴミ袋を携えてドタバタと部屋から出ると、ちょうど階段を上ってきた男と鉢合わせになった。

「あ、い…、た」
「…?」

あ、色男の、高杉さん!と言いそうになってごにょごにょと誤魔化す。部屋着らしい緩めのロングTシャツとスウェット、という見慣れない格好だったため一瞬わからなかったが、確かに彼は高杉さんだ。何を着ても危なげなく色気を放っている。安定の色男。彼もゴミを出しに下りたのだろう。

相手は私の言葉を聞き取れずに少し首をかしげた後、「どうも」と会釈をした。私も「おはようございます」と頭を下げる。

「……この前は、迷惑かけたな。助かった」
「ちゃんと覚えてるんですか?」
「ちゃんとは覚えてねぇが」

彼はいつもより毛先の跳ねた朝の頭をかきながら、ばつが悪そうに言った。
クセのない衣服は、彼という人間をいつもよりシンプルに主張している。
骨格、肌色、髪型、輪郭、仕草、そのようなものを。

それはたぶん私も同じことで、量販店の丸首カットソーと、部屋用のコットンスカートと、手ぐしで整えただけの髪と、もちろんノーメイクと、そんな状態で他人と会うことはあまりないので逆になんとなく、二人の間には長年の付き合いのような空気が生まれてしまっていた。
まともに顔を合わせるのは初めてだというのに。

「起きたら知ってるようで知らない部屋だったし、知ってるようで知らないあんたが寝てるしで、まあ大体理解して書き置きを、な。して帰った」
「あ…養護教諭さんなんですよね」
「見えねえだろ」
「ソンナコトハ」
「嘘下手だな…」
「すみません。見えません」

正直に言うと、高杉さんは笑いながら腕を組んで足元を見た。その仕草がなんだかすごく等身大だったため、私は彼に好感を抱かないわけにはいかなかった。

そして改めて、こんな人が高校の保健室にいたら女子生徒は気が気じゃないだろうな、と現場を思い浮かべ戦慄する。

女子高生というのはただでさえ歳上の異性に烈火のごとく弱いというのに、その上ちょっと悪そうで、尚且つ自分たちを庇護してくれる立場のお兄さんとなると、王道とギャップをミキサーにかけてチョコチップを加えたような半強制的魅力がある。彼に恋をするなというのは土台無理な話だと思った。胸焼けしそうな恋ではあるが。

「あ、呼び止めちゃってすみません。時間大丈夫ですか」
「ん?ああ。今日はちょっと遅出だからな」
「そうなんですか。いつも7時過ぎには出てますもんね」
「よく知ってんな」

うっかり口を滑らし、慌てて言い訳をする。

「あっいや、別にストーカーとかでは!見えるので…!」
「別にそういう意味じゃねえよ。あんたも草、伸びてきてるな」
「草?」
「見える」

親指でクイと部屋を指され、ああルッコラ、と得心する。そして草ってのもどうかな、と思った。

「あ、いけねえ」
「え?」
「味噌汁あっためてんの忘れてた」

高杉さんはそう言って自分の部屋の扉を開け、バタンと中へ入ってしまった。突然終わったコミュニケーションに、つられて私も部屋へ戻る。
あ、ペットボトル。

ゴミ袋と時計を交互に見て、しょうがないから来週まで持ち越そうと決めた。ただでさえ寝坊気味だったので、もう身支度をしないと間に合わない。
思わぬ朝のイベントにぼんやりしている場合じゃない!と自分に渇を入れようとした瞬間、ピンポーンとベルが鳴る。

まさかと思い開けると、そこにはやはりと言うか、高杉さんが立っていた。
片手に握っているオタマが何かの武器のように見える。

「今度、朝飯か昼飯か夕飯奢る。どれがいい?」

彼がどんな顔をして味噌汁を作るのかは興味があったが、私は小心者なので「美味しい居酒屋知ってますよ」と答えた。



2012.4.9



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